乗車したのは私達を含めてほんの数人だけで、すぐに空席を見つけて座ったタイミングで電車が発車する。徐々に都心に近づくに連れて、車窓から流れる景色も人工的な明かりがちらほらと増え始める。



「この子の名前、何か良い案思い付いた?」



その問い掛けを投げたのは私だった。性別は女の子だと判ってからもう数ヶ月。洋服等も揃えて予定日に向けて心を躍らせていた私達夫婦は、名前をどうするのかと云う点でのみ頭を抱えていた。


二人で決める運びになったのは良いものの、名前を考えるのは思いの外難航して、臨月に達している現段階でもこれだ!と云った名前と出逢えないままでいる。

無論、幾つか案は出し合ったのだけれど、どれもピンと来ずにそのまま保留行き。暇を見つけては命名のヒントになりそうなサイトを閲覧したり、本を買って読んでみたりもした。それでもやっぱり名案は思い付かず、熟考すればする程分からなくなってしまった。



いつ産気づいても可笑しくない。そんな状態になってからと云うもの、私達の会話には毎日この話題がのぼる。いつも私がこの質問を口にすると、陽向は困った様に苦笑を漏らして「何個か考えたけど何か違う気がするんだ」と答えるのがすっかりテンプレートとなっていた。


今日もてっきりその定型文が返って来るであろうと踏んでいたのに、私の予想を鮮やかに裏切って彼は双眸を輝かせて頷いた。



「この子にぴったりかなって思う名前が浮かんだよ。」

「え!?嘘!?どんな名前?」

「お家に帰ってから書いて教えるね。」

「楽しみ。」

「祈ちゃんも気に入ってくれると嬉しいな。」



自宅であるマンションの最寄り駅まであと三駅。普段ならあっという間に過ぎるのに、今夜はやけに長く感じた。