産休に入って、自然を愛でる暇もない仕事から離れて、産婦人科を受診する度に成長していく我が子を見て、月日の経過をしっかりと実感する様になった。季節の巡りを慈しむ心を教えてくれたのも、この子なのだ。



「凄いね。まだお腹の中なのに沢山の事を勉強させてくれるね、ありがとう。」



私の声はちゃんと届いているかな?毎朝仕事に出掛ける前と、毎晩は時間の許す限り、顔を綻ばせてお腹を撫でてくれる陽向の体温をちゃんと感じているのかな?


並木道を過ぎて視界に現れた駅の改札を抜けて、ホームに立って実家のある駅に止まる電車に乗る。ガタンゴトンと動くそれの窓硝子に映るお腹の大きな自分の姿にふにゃりと頬が緩む。

幼少から青春時代を過ごした町がある駅で下車して、馴染み深い景色の中を通る事約十分。私と陽光の実家が並ぶ住宅街に入り、あれよあれよと云う間に自分の生まれ育った家に到着した。



表札に書かれた『安桜』の文字に懐かしさを覚える位に、すっかり難波と云う苗字が板についた。インターホンを鳴らしてから門を潜り、玄関扉を開けて「ただいまー」と声を放つ。

靴を脱いでリビングルームに繋がるドアを開けた私の耳を擽ったのは、談笑している母親の声とよく知っている声だった。



「あら、祈ちゃん?」

「おばさん…こんにちは。」

「こんにちは。」



珈琲の入ったカップをテーブルに置いて嬉しそうに目を細めてくれたのは、予想通り陽光の母親であるおばさんだった。こちらに背を向けて座っていた私の母親は、くるんと振り返って「あんたまさか歩いて来たの?」と吃驚した表情で質問を飛ばす。



「電車使ったよ。」

「そういう意味じゃないの!臨月でいつ陣痛が来るか分からないんだから何かあったら私が行くって言ってあったでしょう。」

「お医者さんにもいっぱい歩いてって言われてるから平気。陽向のご両親が梨を送ってくれたからお母さん達とおばさん達にお裾分けしようと思って来たの。」

「そんな重い物持ってたの!?!?」

「重くないよ?」

「あんたは良くても私が良くないの。全くもう、相変わらず淡々としてるんだから。でもわざわざ持って来てくれてありがとう。」



急いで駆け寄って私の手から紙袋を受け取った母親の圧力が凄まじくて苦笑が滲む。私の身体を想っての発言だと理解している手前、家を出る時に何かしら連絡をしておくべきだったと胸の内で反省を募らせた。