そうだった、二日前に陽向のご両親から段ボールいっぱいの梨が送られて来ていたのをすっかり忘れていた。とても甘くて美味しいけれど私達二人では食べきれそうになくてどうしようかと頭を悩ませていた私に、陽向が「祈ちゃんの実家と、それから牧瀬家にお裾分けしよっか」と提案していたのを思い出す。
私はいつ入院するか分からないし、果実は傷みやすいから持って行くなら早い方が良いに違いない。丁度ここから実家までなら電車は使うけれど歩くには持ってこいの距離だ。そうと決まれば、身支度を整えて出発しよう。
「行ってきまーす。」
戸締りをして髪の毛を高い位置で一つに纏め終えた私は、梨を分けた紙袋二つを手に提げて自宅に暫しの別れを告げた。外はすっかり、秋の匂いに包まれていた。程良く冷たさを孕んだ風が私の髪を攫って靡かせる。時刻はお昼の三時を回ったばかりで、平日のこの時間は何処も彼処も閑散としている。
歩道に植えられている銀杏の木は、あと数週間もすれば鮮やかな黄色の衣をお披露目してくれる事だろう。足許を覆いつくす黄色や朱色の絨毯の上を歩くのが好きだけれど、今年は初めての子育てでてんやわんやしている自信しかない。だからきっと、紅葉の絨毯を鼻歌混じりに歩く事は叶わないだろう。
でも来年はこの子と手を繋ぎながら歩けているかもしれない。再来年は一緒に紅葉狩りをして遊べるかもしれない。想像を展開させるだけでワクワクと胸が躍る。結婚したばかりの私は陽向と二人きりの未来予想図を描いていたのに、今は家族三人の未来予想図ばかりを描いている。
たった数年。されど数年。いつもと同じ毎日の積み重ねの様な気がするけれど、全く同じ日なんて一つもなくて、着実に時間は流れている。私の頭上を過ぎていく雲も二つとして同じ物はなくて、明日には違う雲が空には浮かんでいるのだろう。