妊娠かもしれない。私の体調不良の原因が急浮上したあの日、陽向は近所のドラッグストアに駆け込んで妊娠検査薬を買って来てくれた。結果は陽性。しっかりと陽性を示す線が浮いている検査薬を見た彼の第一声は「ありがとう」だった。
見た事ないくらい目を輝かせて、だけどしっかり蜂蜜色の瞳を涙で潤ませて、満面の笑みを湛えながら私の身体を抱き締めて子供みたいに大はしゃぎしてくれた彼は、翌日の産婦人科への受診にも付き添ってくれた。
そこで改めて妊娠している事を告げられ、初めて画面に映されたエコー写真を目にした途端、死ぬかもしれないとまで思っていた一週間が吹き飛んで綺麗さっぱり消え去った。
私のお腹の中に、陽向との赤ちゃんがいる。その事実が夢なんじゃないかと思って、病院から渡されたエコー写真を数え切れない位に見て目に焼き付けた。おかげで今は少しだけ妊娠している実感が湧いている。
口に広がる苺の甘い香りに頬を緩めて、次のもう一個をフォークで捕らえる。傍にいる彼を一瞥すると、エコー写真へ視線を落として優しく目を細めている。口許はへにゃりと緩んでいて、言葉を発さずとも感情が伝わってくる。
「陽向、ずーっと嬉しそうに笑ってるね。」
「ふふっ、だって僕達の赤ちゃんが祈ちゃんのお腹にいるんだよ。自然と笑っちゃうよ。」
「予定は全部崩れちゃったけど、特別な結婚記念日になったね。」
「うん。まだこーんなに小さいんだねぇ。可愛いね、男の子かな?女の子かな?」
白く映っているそら豆みたいに小さな影を指先で愛おしそうに撫でる陽向の声が弾んでいる。「性別が判るのはもう少し先だよ。陽向はどっちが良い?」三個目の苺を咀嚼しつつ投げた質問に、写真から私へ目線を移した相手が手を伸ばして再び私のお腹に触れた。
「どっちでも愛おしいよ。祈ちゃんに似た女の子でも男の子でも可愛い事間違いなしだもん。」
「私は陽向に似て欲しいかな。」
「会えるのが楽しみだね。」
「うん、とっても。」
まだ膨らんですらいないお腹なのに、この中で赤ちゃんが頑張って育っているなんて不思議な感じだ。気が早いと両親に笑われそうだけれど、予定日の秋がとても待ち遠しいし名前はどんな感じが良いのかななんてつい考えてしまう。