「全国の皆さんおはようございます。三月二十二日、今日のお天気をお知らせします。今日の日本列島は高気圧に覆われて快晴の所が多く、桜が満開を迎えたここ東京もまさにお花見日和になるでしょう。それでは全国各地の詳しい予報をお伝えしま…「はい祈ちゃん。苺、洗ってヘタ取ったからすぐ食べられるよ。」」
朝のニュース番組のお天気お姉さんの声が遮られたと同時に、ソファで横になっていた私の前に水滴を纏った苺が入った硝子の容器が差し出される。それを持つ手を辿る様にして視線を上昇させた先にあるのは、桜色の唇に弧を描いている陽向の優艶な顔。
「食べさせようか?」そう云って首を傾げる彼に、私は眉を八の字に下げて「自分で食べられるよ」と返事をする。よいしょと上体を起こそうとすれば、慌ててテーブルに苺を置いて私の身体を支える彼に思わず吹き出してしまう。
「もう、陽向。私病気じゃないから大丈夫だよ。」
「でもお医者さんも祈ちゃんの悪阻は重いから無理は禁物だって言ってたじゃない。」
「起き上がるくらい平気だよ。」
「…本当に?苺、食べられそう?」
「うん、洗ってくれてありがとう。」
背凭れに背中を預けて座り直した私の隣に腰掛けた彼は、ここ数日ずっと心配そうな表情を浮かべている。産婦人科を受診した際に余りにも状態が悪くて点滴を打つ事になったから、心配されるのも仕方ないのかもしれない。
赤く熟れた瑞々しい苺をフォークで刺して、口に含む。まだまだ食欲はないけれど、酸味のある果物とかなら辛うじて食べられる事に気付いたおかげで二度目の点滴は回避できそうだ。
「折角フレンチ予約してくれてたのにごめんね。」
「そんなの気にしないで。今年の結婚記念日は今まで以上に幸せだよ、ありがとう。」
「陽向…。」
「赤ちゃんも、ありがとうね。」
平ぺったい私のお腹をそっと撫でながら一生懸命声を掛けている彼の姿に、胸がキュンキュン鳴って堪らない。