プロジェクトが無事に終わっていつもよりうんと早く退社できたから、私を会社まで迎えに来てくれたらしい彼がタクシーを拾ってマンションの一室に帰宅できるまで私の身体を支えてくれた。
私の気のせいでなければ、陽向も少し細くなっていた。初めて任された大きなプロジェクトは、緊張も重圧も大きかったに違いない。毎日朝早くから夜遅くまで頑張っていたし、私が想像するよりもずっと、実際に仕事をこなしていた彼は大変な毎日を過ごしていたのだと思う。
やっとプロジェクトが終わって早く帰れたはずなのに、わざわざ逆方向にある私の会社にまで来てくれた彼の気持ちが嬉しくて仕方がない。だけどその喜びに頬を緩める力すら私は持ち合わせていなかった。
二人の拘りが詰め込まれたリビングルームのソファに横臥している私の傍に座り込んだ陽向は、タクシーに乗り込んでからずっと眉を顰めて神妙な面持ちをしたままだ。
「いつから?ご飯が食べられなくなって、嘔吐する様になったのはいつからなの?」
沈黙が流れシンと静まり返っていたその場の空気を破ったのは、彼の口から落とされた問いだった。力が上手く入らない私の指を絡め取っている相手の指に力が込められる。大袈裟に思われるかもしれないけれど、私は息をするのがやっとだった。
ぐしゃりと漸く崩れる彼の綺麗な顔。悲しみと怒りとが入り混じったその表情に呼吸さえも苦しくなる。嗚呼、私が陽向にこんな表情《かお》をさせてしまっているんだ。私が彼を悲しませて、怒らせてしまったんだ。
心を蝕んでいた罪悪感がこれでもかと増幅して、キリキリとした痛みが胸を貫いている。
「一週間前…くらいかな。それよりも前から気分が悪くなったり、胃がムカムカしたりする瞬間はあったんだけど、ご飯を受け付けなくなったのは一週間前から。」
「そんなに長い間、放っておいたの?」
「……陽向に心配をかけたくなくて、疲れが溜まってるだけだろうから眠ればすぐに治ると思ってたんだけど日に日に悪化して、水を飲むのもやっとになって来て、そうしたら今度は大きな病気だったらどうしようって恐くなって、切り出せなくて…。」
「…馬鹿。祈ちゃんの馬鹿。心配だよ、今すっごくすっごく心配だよ。どうしてもっと僕を頼ってくれないの?無理はしないって約束したじゃない。」
ポタリ。相手の蜂蜜色の双眸から零れた雫が私の頬を叩いて弾ける。震える声で言葉を紡ぐ彼は、私を非難しているはずなのに私の身体をそっと抱き寄せた。