平静を装っていつもの日常と同じ様に、空になった食器を片付ける。ただ立ち上がってキッチンまで歩くだけなのに、何て事ない動作なはずなのに身体が怠くて重かった。


取り敢えず明日までは様子を見よう。もしも、もしも明日これ以上悪化しているなら病院に行く事も視野に入れた方が良いのかもしれない。そうは思うけれど、繁忙期なのに休みが取れるだろうかと云う不安と懸念が頭を過る。



「僕の気のせいかもしれないけれど、やっぱり今日の祈ちゃん顔色が悪いよ。後片付けは僕がやるから先にお風呂に入って休んでよ。」

「ごめんね。」

「どうして?夫婦なんだから協力し合うのは当然の事じゃない。謝らないでよ。」

「…疲れが溜まってるみたいなの。陽向も疲れてるのにありがとう、助かる。」

「ふふっ、僕は平気だから祈ちゃんはきちんと休んでね。それと、絶対に無理しないで僕を頼ってね。」



ニット生地の袖口を折ってシンクの前に立つ彼が、ヒラヒラと手を振って私を見送っている。些細な気遣いを当たり前みたいにしてくれる彼に鼓動が跳ねる。陽向に恋をしてからもうすぐ五年。私は彼に惚れる一方だ。


寝間着を取って浴室に辿り着くべく廊下を渡る。ほんの数メートルしかない距離なのに、陽向の姿が視界に入らなくなった途端に胃の違和感が復活して慌てて行き先を変えてトイレに閉じ籠った。



「ゲホッ…ゲホッ……ハァ…ハァ…。」



さっき頑張って詰め込んだばかりの食事が逆流して全てを便器へと嘔吐してしまった。こんなにも不調を起こすのは子供の時以来だった。何か大きな病気だったらどうしよう。そう思った瞬間、冷や汗が止まらなくなって暗雲が心と頭に立ち込めた。