どうしよう、固形物が食道を通過できそうにない。何か物を口に含んだだけで吐いてしまいそうな予感がする。それが恐くて中々手を伸ばす事ができない。しかしながら、陽向の心配を煽る様な事はどうしても避けたい。
正面では私の作った夕食を頬張って笑顔で「美味しい」と感想を述べてくれる陽向がいる。「良かった」そう返した私の顔には曖昧な笑みが残る。
つくづく、素敵な人に恵まれたと実感する。ご飯を作る度に「ありがとう」と云ってくれるし、ご飯を食べると必ず「美味しい」と云ってくれる。たったそれだけの事かと思われるかもしれないけれど、私にとってはとても大切な二言なのだ。
陽向のその言葉と笑顔があるから料理も上達できたのだと思うし、もっともっとこの人の為に美味しい料理を作れる様になりたいと意欲が増す。陽向の凄い所は、お弁当を食べた後にも決まって「お弁当ありがとう、美味しかったよ」そう書かれたメッセージを送ってくれる所だ。とてもじゃないけれど私には真似できないだろう。
彼のそのメッセージのおかげで、例え嫌な仕事に追われていてもその一瞬だけは毎日頬が緩むのだ。そうして、夕食は何にしようかなって楽しく献立を考えられる。
「今日、仕事どうだった?」
「うーん、やっぱり大きなプロジェクトメンバーに選ばれると責任感が大きくなるし、プレッシャーも感じるね。僕が今回のプロジェクトでは一番年下だし、一番後輩だから何だか入社したての時を思い出すよ。」
「勿論、勉強になる事が多いし、やり甲斐も充足感も沢山だよ」一端お箸を止めて、私の顔を見てそう語る彼の表情は実に生き生きしている。好きな人が愉快気に話を展開する姿に、心なしか何とも表現し難い気持ち悪さも緩和されていく様だった。
やはり疲れが溜まっていただけなのだろう。若干ではあるものの、胸焼けが治まってくれてどうにか私はよそった分の夕食を胃に落とす事ができた。