「祈ちゃんこれだけしか食べないの?」
早速桜の枝が飾られた食卓テーブルに彼と向かい合わせて着席した刹那、質問を投げた相手が私の前に並んでいる食事に視線を落として目を見開いた。どれだけ疲れていてもお腹だけはちゃっかり空いていたはずなのに、今日は全く空腹を感じない。
さっきから胃に違和感を覚えているし、ご飯を食べる頃には治っているだろうと楽観的に考えていたのに一切良くなっていない。寧ろ、悪化している様な気すらしている。
少しくらいは食べないとと自らに鞭を打ってよそってみたものの、食事を見ただけで余計に空っぽの胃から何かが込み上げてくる感覚がするし、我慢しないと吐いてしまいそうだ。加えて胸焼けもしていて、ひたすら身体が怠い。
無理が祟ったのだろうか。ここのところ、仕事が繁忙期だったせいで無意識に気を張って疲れが溜まっていたのだろうか。思い当たるそれらしい原因を見つけては手あたり次第に言い聞かせて、ただの何てことない体調不良に過ぎないと結論付ける。
「んー、ちょっとダイエットしようかなって。」
正面で不安そうな表情を湛えてこちらを覗き込む彼に不毛な心配をさせたくない一心で、私は咄嗟に嘘を吐いてしまった。彼は大きなプロジェクトのメンバーに選ばれていてとても忙しい毎日を送っていると知っている手前、どうせすぐ良くなるであろう自分の身体の不調を訴えるのはどうしても気が引けた。
できるだけ怪しまれない様に笑みを貼り付けた私に対し「充分細いのにダイエットなんて必要ないよ」と彼が首を横に振る。
「ほら、もう少しで結婚記念日でしょう?陽向がフレンチを予約してくれたって言ってたから、記念日に着る予定の綺麗なワンピースが似合う身体になりたくて。短い期間のダイエットだから大丈夫だよ。」
「祈ちゃんはいつでも綺麗だし可愛いよ。だから無理だけはしないでね。」
「うん、無理はしないよ。」
「約束してね?」
「約束する!それより陽向、冷める前に食べようよ。」
「…うん、そうだね。いただきます。」
「いただきます。」
手を合わせてお箸を手に取り、無理矢理喉にご飯を通す。陽向に嘘をついてしまったせいか、陽向に隠し事ができてしまったせいか、心は罪悪感に蝕まれて痛かった。