実にありきたりで陳腐な表現だと思うけど、結婚して、社会人になって、初めて自分の両親の偉大さを痛感した。成人を迎えた時に大人になったつもりでいた私に「貴方はまだまだ世間知らずのひよっこだよ」と伝えたい位だ。
どうにかこうにか一日を終わらせて、その一日を積み重ねていく内に段々と身体も新しい生活に慣れてきて、本当にごく僅かながら生活の中に余裕ができる様になった。仕事を覚えて、与えられた仕事を片付けられる様になって、仕事を任される様になって、いつの間にか後輩ができていた。
入社してからの半年間なんてどうやって生きていたのかすら記憶があやふやな程に毎日が「大変」の二文字で埋め尽くされていたし、こうして立派な大人になった様な口振りで語っているものの、世間一般的に見ると私は全然未熟者なのだろう。
息をつく間も限られていたこの三年だったけれど、不思議な事に苦しいと思った事は一度たりともなくて、寧ろ一日一日がとても楽しくて充実していると感じていた。そんな心持でいられたのはやはり、何物にも代え難い大切で愛おしい陽向の存在が傍にあったからだ。
私よりも二時間遅れて帰宅する彼を玄関まで出迎えて、両腕を広げて相手の胸に飛び込む。それだけで、全てが癒される。食卓を囲って、一緒に夕食を摂りながらお互いに今日の会社であった出来事を話したり、ふらりと立ち寄った書店で好きな作家の小説の新作が発売されていたと云う情報や、陽向が好きそうな映画が公開されるらしいから次の休日は映画館に行こうと提案してみたり。
彼と同じ空間で、彼の顔を見て、彼と会話をするだけで、幸せに胸が弾んだ。陽向と一緒に歩んできたこの三年は愛おしさに満ち満ちているし、これから先もそうであります様にと願わずにはいられない。
「今日の夕食は味噌汁と焼き魚と、作り置きしていた白菜のおしんこで決まりかな。」
ソファでぐったりとしている間にも時間は進み、夜の七時になろうとしている。近頃、やけに襲われる強烈な眠気と身体の怠さをどうにか振り払った私は、卓上カレンダーを戻してキッチンへ向かった。