大人になるまで命が持たない。そんな宣告を受けて生きていた彼が、どれだけの苦痛と哀しみに暮れたのかなんて私にはとても測り知れない。過去の彼は一体、どんな気持ちで日々を送っていたのだろう。
学校の行事にまともに参加した記憶がなくて、残っている記憶の断片は病室で窓の外を眺めていた事ばかりだといつしか彼が語っていた話が頭を過った。
あの日、陽光が交通事故で脳死判定を受けなければ、私の目の前にいるこの人は今頃存在していなかった。頭では理解できるけれど、容易に「良かった」と言葉を落とせる程の現実ではなくて、様々な感情が胸中で入り乱れて溢れてしまいそうになる。
「だからね、陽光君のご家族に祈ちゃんとの婚約を心から祝福して貰って、彼のお母さんが泣きながら僕を抱き締めて歓迎してくれた事が心から嬉しかった。」
「…そうだね、私も…おじさんとおばさん、そして海里におめでとうって云って貰えて嬉しかった。」
陽向と手を繋いで牧瀬家のインターホンを押した時、私達には会話一つ交わす余裕もなくてガチガチに緊張していた。陽光の両親と弟の海里は、私と陽向を見てどう思うのだろうか。どんな反応が返ってくるのだろうか。
牧瀬家に挨拶に行く日取りが決まってから当日までの一週間は、碌に睡眠も取れなかった。それ位、私達にとって牧瀬家への挨拶は重要で大切な物だったのだ。だけど、私達を待っていたのは温かい祝福だけだった。
おじさんとおばさんは、陽光が私達に遺してくれた奇跡みたいな現実を事前に海里から聴いていたらしく、陽向を見た途端二人揃って涙を流して「陽光の心臓を貰ってくれてありがとう。陽光の心臓を生かしてくれてありがとう」と優しく微笑んでくれた。