咄嗟に反応した身体が考えるよりも先にくるりと反転して、玄関に向かって駆け出した。パタパタとスリッパと床が擦れる音を鳴らしながら、玄関で靴を脱いでいる華奢な背中を発見して、迷う事なく背後から抱き着いた。
「わっ、ビックリした~。」
「お帰りなさい、陽向。」
「ただいま、祈ちゃん。」
ピクリと跳ねる肩すらも愛らしくて目を細めた刹那、私の方へ振り返った相手に今度はこちらが吃驚した。「今日は特別な日だから調子に乗ってホールケーキ買っちゃった。食べられるかな?」片腕で私の身体を抱き寄せて、手に持っている箱を持ち上げて小首を傾げる彼に合わせて、サラサラと横に流れていく髪の毛。
大きく目を見開いてパチパチと瞬きだけをする私を怪訝に思ったのか、不思議そうな表情を浮かべている陽向の美しい顔がこちらを覗き込んだ。
「どうしたの?祈ちゃん。」
「髪…。」
「髪?」
「陽向の髪が…桜色に戻ってる。」
ぽつりと零した一言で、漸く私がどうして驚いているのかを覚ったらしい彼が「ああ、そっか。今夜が楽しみの余り、すっかり髪色を戻した事忘れちゃってた」そう云って、顔を綻ばせる。
私を包み込む彼の体温はいつもよりもほんの少しだけ冷たい。それは、季節が秋らしくなっている何よりの証拠だった。