両腕をめいいっぱい伸ばして、震える彼の(むくろ)を抱き締める。大丈夫だよって、私が傍にいるよって気持ちを込めて、背中に回した腕に力を込める。



「心臓移植手術が成功したおかげで僕は今、ここにいる。この心臓のおかげで僕は今、ここにいる。臓器提供を受けたレシピエントと臓器提供をしたドナーは互いに顔も名前も知らされる事はないけれど機関を通してその家族と手紙のやり取りをする事ができるの。」

「うん。」

「だけど僕ね、どうしても僕の命を救ってくれた人を知りたくて…しつこい程に主治医に訊いたんだ。どうにかして恩返しがしたくて必死だった。そしたらね、主治医が僕にこっそり教えてくれたんだ。ドナーが誰で何をしていた人なのかは教えられないけれど、僕に心臓をくれた人は君と同じ陽と云う漢字の入った名前だよって。」

「…っ…それってやっぱり…。」

「うん、陽光君で間違いないと思う。だから祈ちゃんには、僕に対する愛情も陽光君に対する愛情も捨てないで欲しいんだ。」



“だって僕の心臓は、陽光君から貰った物だから”



頬を緩めた相手の台詞に返す言葉が見つからない。嗚呼、本当だったんだ。そんな奇跡なんて絶対に起こるはずないと思っていたけれど、今陽向の身体の中で脈を打っている心臓は陽光の物なんだ。



「祈ちゃんを初めて大学で見掛けた時に、心臓が大きく高鳴った。あの子の事を知りたいって、あの子とお話をしてみたいって想った。僕は祈ちゃんに一目惚れをしたんだ。」

「陽向…。」

「祈ちゃんと友達になって、一緒にいる時間が増えて、更に祈ちゃんに恋をしたの。そしてあの純喫茶で僕が告白をした時、祈ちゃんから陽光君の話を聴いて驚いた。だけどそれと同時に、祈ちゃんが酷く愛おしかった。」



時に世界は残酷で、時に世界はとても優しい。何十億人もの人間が存在するこの世界で私は愛しい貴方を失って、そして私は陽向に出逢って恋をした。



「正直、陽光君には感謝してもし切れない。僕の命を救ってくれただけじゃなくて、祈ちゃんにも出逢わせてくれたんだもの。一生かけて恩返ししても返し足りない…「そんな事ない。そんな事ないよ陽向。」」