こんなに全力で走るのはいつ振りだろう。高校生の体育の授業以来かもしれない。自分の鼓動が体内に響く、息を荒げて走っているからなのか、これから会いに行く人を想ってなのか、バクバクと音を鳴らせて止む気配がない。



泣きっ面の成人女性が走っている姿に、擦れ違う人が振り返ったり、近くにいる人が視線を向けてきたりする。だけど、生憎そんな物を気にする余裕なんて私にはなかった。電車を乗り継いで、大学の最寄りの駅で降りて、階段を駆け上がって改札を潜る。


夏休みだからか、駅周辺は空いていて利用客も疎らだった。大学生と思しき人間も余り見受けられない。


汗だくだ。髪が額や首に張り付いて鬱陶しい。なけなしの体力はとうに限界を超えていて足を止めて休みたくなるけれど、その暇すら惜しかった。一刻でも早く、陽向に会いたかった。



「ハァ…ハァ…ハァ…。」



数日しか離れていないのに見慣れたマンションを視線が捉えた途端、ぐしょぐしょに涙が溢れて零れていく。オートロックの番号が変えられていなくて安堵したのも束の間、すぐにエレベーターに乗り込んで部屋を目指す。


漸く、漸く辿り着いた扉の前。息を整えながらインターホンを押す。躊躇いはなかった。もう迷わないと決めたから。



扉が開くまでの時間がこんなにも長く感じた事はない。物理的にはほんの数秒の間だったのだろう、だけとこの時の私の体感では何十秒にも感じた。心臓の音が鳴り止まない。ドクドクと全身が脈を打つ。



「祈ちゃん!?!?どうしたの…「愛してる!!!」」



やっと開かれた扉の先から一番最初に目に飛び込んで来たのは桜色に戻された髪の毛で、私の姿を見てそれはそれは驚いている相手の胸に思い切り飛び込んだ。