一瞬だけ相手が視線を逸らし、瞼を伏せた。次に双眸がこちらへ向けられた時には、そこには強い覚悟みたいな物が宿っていた。ゴクリと生唾を呑み込んだ。どうして海里は私を制したのだろうか。緊張から掌にも汗が滲む。



「あれから色々考えて、ちゃんと云わなかった事を後悔したり反省したりした。もしあの言葉に祈姉ちゃんが囚われていたらどうしようってずっと心配だった。だから今日、祈姉ちゃんに真実を話そうって決めて来た。まさかここで祈姉ちゃんに会うとは思わなかったけど…。」


“兄貴の計らいかな”



口角を持ち上げて目を細めた彼が一歩だけ踏み出して、日傘が作る影の中に半分だけ入った。相変わらず、酷く綺麗な顔をしている。去年よりも少しだけ背が伸びている。また大人になっている。


貴方も生きていたら海里みたいになっていたのだろう。生き写しみたいにそっくりだけど、仕草や服の趣味は全然違う。貴方の大学生になった姿を見たかったな。



「六年前、兄貴が交通事故で一回目の脳死判定を受けた後、兄貴が所持していた財布の中を見たんだ。俺にまで自慢していた真新しい免許証の写真ですら恰好良く写ってしまうのが兄貴らしいなって思ってそれを裏返した時に。」

「……。」

「脳死判定を受けた場合の臓器提供の意思表示欄に、兄貴がチェックを付けていたのを見つけたんだ。」

「え…。」

「兄貴さ、眼球以外の臓器を提供したいって意思表示してたんだよ。それを見た俺と両親は相談を重ねて、兄貴の意志を尊重しようって結論が出た。だけど兄貴って祈姉ちゃんも知っての通りRHマイナスのB型だからさ、いくら兄貴がドナーになりたいと願っていても兄貴の臓器が合うレシピエントが全然見つからなくてもしかしたら兄貴の願いを俺は果たせないのかなって思ったりしたんだけど…二回目の脳死判定を受ける直前に、兄貴と同じ血液型で心臓提供を待っているレシピエントが見つかったんだ。」

「待って、それ…じゃあ…それじゃあ…。」

「うん。兄貴はドナーになって心臓を提供したんだよ。」

「…っっ。」

「兄貴の心臓を貰ったレシピエントは余命一週間だったんだって。だけど、今は元気に生きていて大学に入って最近就職が決まったらしい。どんな人なのかはどんな名前なのかは分からないけれど、手紙を通してやり取りしていてその中にこう書いてあったんだ。」



枯れたはずの涙が溢れ出て海里の顔がよく見えない。貴方に可愛いと想われたくて施した化粧も、もうすっかりボロボロで見るも無残な有様だろう。