『少し距離を置いて、お互い冷静に整理しよっか。』



私を甘やかしてくれたのはやはり、陽向だった。いついかなる時でも私の気持ちを尊重して合わせてくれる彼は、こんな時ですら私に優しかった。

交際して一周年の記念日に、あの純喫茶で待ち合わせをしよう。それから、もう一度きちんと話し合おう。頭も心も整理を付けて、お互いの気持ちと向き合おう。残酷な程に優しい相手の提案を呑んだ私は、涙で目を赤くしたまま同棲生活をした彼のマンションの一室を去った。


そして、彼と交際して一年が経つ前に貴方を失って心が色褪せた八月一日が訪れた。



「あれから冷静になろうと何度も思って、ちゃんと整理をしようと試みたけれどどうしても涙が溢れてしまって。陽向の桜色の髪に視線を奪われた時から、私は陽光と重ねて見てしまっていたのかな…何だかもう自分で自分がよく分からなくなっちゃった。」



こんな話を聴かされて、陽光もさぞかし迷惑だろう。でも情け深い貴方なら弱虫で泣き虫な私のこの愚かな悩みも、真剣に聴いてくれているのかもしれない。去年、あれだけ意気揚々と前を向いて強く生きると貴方に誓ったのに、それすらも破ってしまっている自分が滑稽だ。


このままの状態ではとても陽向と再び顔を合わせる自信がない。こんなんじゃ、私はまた彼に甘えて現実から逃げてしまいそうだ。それだけは避けたいのに、睡眠をろくに取らないまま泣いてばかりいたせいか脳味噌の働きも可笑しくなっている。



「桜…色?祈姉ちゃん、今の話本当?」



墓石に伸びる自分の影が、背後から現れた大きな影に呑み込まれたのだと気づいたのは、背中に掛かった慣れ親しんだ声がきっかけだった。