しこりが全て溶けて消えた頃、肩を揺らして泣き続ける私の両頬に彼の掌が触れた。この体温とも今日でさようならになるのだろう。放したくない。他の誰にも譲りたくない。そんな強欲な思考が駆け巡る。



『そんなに自分を責めないで良いんだよ祈ちゃん。そんなに泣かないで。』

『……。』

『本当はね、祈ちゃんに出逢った時から感じていたの。そして祈ちゃんを好きになって、祈ちゃんと過ごす様になってもしかしたらが確信に変わっていった。』

『陽向?』

『あのね、祈ちゃん。僕…『ま、待って。』』



反射的に腕が伸びて、気付いたら私は陽向の口を自らの手で塞いでいた。「別れようか」その言葉が続く気がして、それを聴くのが心底恐くて、無意識に私は彼の言葉を奪っていた。


ダラダラと長引かせてもこれではいずれ必ず終止符が打たれる関係だと云うのに、刹那的でも良いからまだ彼と恋人同士のままでいたいとつい望んでしまった。散々彼を振り回したのは私の癖に、難波 陽向の恋人と云う肩書にまだどうしても縋っていたかった。



『最低な事云ってるって…分かってる。分かってるんだけど…今陽向の言葉を聴くのが、とっても恐い。』



すっかり冷めて不味くなってしまったであろうカフェオレとオレンジジュースが視界の端に映って、胸がまた痛む。

私の行為は賞味期限をただ先延ばしにしただけで、何の意味もない。理性ではちゃんとそれを理解しているのに、感情が云う事を聴いてくれない。


陽向の為を想うのならば、別れるのがきっと正解だった。陽向を愛しているならば、私から解放してあげるたほうがきっと良かった。それなのに私は、腹を括る事ができなかった。