陽向が帰宅したのは、夕食が丁度食卓に並んだタイミングだった。



「ただいま、祈ちゃん。」

「おかえり、陽向。」



背後から腕を回して私を抱き寄せるのが、彼の可愛らしい癖だ。時刻は夜の八時前。今の今まで外出していたはずなのに、陽向からは依然として甘くて良い香りが漂っている。美形は汗をかかない性質でも持っているのだろうか。


一方の私はチキン南蛮を作るべく油鍋と格闘していたからきっと髪も服も油の匂いが付いているに違いない。私の頬を擽る柔らかな毛先は、落ち着いたダークブラウンだ。ずっと桜色を維持していた陽向だけれど、流石に就活と云う単語の前ではそれを貫く訳にもいかず、就活を始めると同時に髪を暗くしてしまった。


自の腹に巻き付いている体温を愛でる様に手を重ねる。その刹那、蜂蜜色の双眸が私の目を覗き込んで麗しい顔を綻ばせる。嗚呼、やっぱり云えないよ。陽向のこの笑顔を私は意地でも手放したくない。


ダークブラウンの髪色も、陽向はよく似合っている。彼がこの髪色になって暫く経つけれど、私はまだ一変した相手の雰囲気に慣れない。



「ご飯作ってくれたの?」

「うん。就活、忙しいでしょう?」

「無理しないでね。」

「無理してないよ、私が陽向に手料理を食べて欲しいから作ってるだけ。」

「ふふっ、嬉しい。」



吸い寄せられる様に唇が重なる。直に感じる陽向の体温に愛おしさが込み上げてくる。胸の奥にあるしこりが放つ痛みに気付かない振りをして、私は相手の背中に腕を伸ばした。