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 島には高校がない。

 中学を卒業したら、今度はみなが本土へ通うようになる。

 本土の街には普通科の高校と、もう一つ農林水産科が併設された工業高校がある。

 普通科の高校はどちらかというと大学進学向けで、そういった進路を目指さない生徒は工業高校を選ぶ。

 島の人たちは漁師か農家ばかりだから工業高校へ通うのがほとんどだ。

 僕らの学年でも普通科の高校へ進んだのは僕と美緒の二人だけだった。

 昭和の時代には街に自動車部品メーカーの工場があったそうだけど、海外に移転してからは就職先もなくなってしまい、本土側の生徒がみな普通科を選ぶようになって工業高校も先行きが危ういらしい。

 島からの生徒でなんとか持ちこたえているのは皮肉なものだ。

 一方で、工場の跡地にはショッピングモールができたから、普通科高校の生徒にとっては都会的な空気を感じられる寄り道場所としてありがたがられていた。

 本土側に家がある僕よりもむしろ美緒の方が積極的で、帰宅部だった僕は毎日のように彼女に引きずって連れていかれたものだ。

 なにしろ島にはコンビニもスーパーもない。

 ハンバーガーを食べることすら一大イベントだったのだ。

 高二の夏には、ショッピングモールの隣におしゃれカフェも開店した。

「スタバだよ! スナバじゃないんだよ」

 夢の国にいるような瞳をして行列に並ぶ彼女に、鳥取じゃないんだからと心の中でツッコミを入れつつ本当は僕も楽しんでいた。

「フラッペおいしいね」

「ねえ、その言い方やめてよ。萩原商店のかき氷じゃないんだから」

 萩原商店というのは九十近いバアちゃんがやってる島唯一の食料雑貨店だ。

 いくらフラペチーノの魔力に魅了されていたとはいえ、高校生のお財布ではさすがに毎回おしゃれカフェというわけにはいかず、僕らはショッピングモールのフードコートで百円ソフトクリームをなめながら時間をつぶしたものだった。

 夜の八時になると僕たちは本土側の港へ向かう。

 島へ帰る最終の連絡船は八時半出発だ。

 こんな時間まで寄り道していたのにはわけがある。

「おう。ごくろうさん」

 出発時間ぎりぎりにユニフォーム姿のタカシ先輩が駆けつける。

 先輩は島の網元の息子で、工業高校では甲子園出場を期待される野球部のエースピッチャーだ。

 毎日ボールが見えなくなるまで練習してくる先輩と僕らは港で待ち合わせているのだ。

 ども、と僕は軽く頭を下げる。

 でも、用があるのは僕にではなかった。

「お待たせ。いつも悪いな」と、先輩が美緒の肩に手を回して連絡船に乗り込む。

「ううん。大丈夫だよ」

 美緒は先輩のカノジョなのだ。

 僕は都合の良いボディーガードにすぎない。

 引き継ぎが済んだら黙ってその場から退散する。

 船の出発を見送ったことはない。

 フォンと背中で汽笛が鳴る。

 それから僕は家までの道を一人でたどる。

 海沿いの坂道を上ったところで暗い海を眺めると、小さな明かりがにじんでいる。

 それが連絡船なのか灯台の明かりなのか、僕には分からなかった。