4
話をしているうちに、前方にビルが立ち並ぶポートランドが見えてきた。
ここで、ジェナの指示があり、その通りに進むとウィラメット川に架かる『バーンサイドブリッジ』にやってきた。
これは大きな船を通すときに、真ん中でパカッて開いて二つに割れる跳ね橋だ。
前方の茶色いビルの屋上に鹿のシェイプと『Portland Oregon』と綴られたネオンのサインが掲げてあった。
まさにポートランドに来ましたという気分にさせられる。
そのまま真っ直ぐ行けば、ダウンタウンに入り、右手にチャイナタウンの入り口みたいな門が現れた。
パッと見、治安が良くなさそうで怖い雰囲気がした。
「昔はチャイニーズレストランで賑わって、中国人が一杯いたけど、今は中国人が全くいないチャイニーズタウンになってしまった。すごくさびれて、夜とかは近づかない方がいいと思う」
苦笑いして肩を竦めたジェナも、それとなく危ないと体で示しているようだ。
その後何も言われずまっすぐ行くと、あっという間にダウンタウンの外れになって、ポートランドを飛び越えて山間へと続いてしまった。
「どこ行くの?」
俺が不安になってると、「次の信号左に曲がって」と指示された。
曲がった途端大きくカーブして坂道を上がって行く。
金持ちそうな家が立ち並んでる通りに出て、しばらくしたら駐車場のある場所に辿り着いた。
「ジャック、あそこ、車止められる。早く」
ジェナは俺を急かした。
すでに車で詰まってしまった場所に一台だけ停まれるスペースが開いていた。
そこに車を停めると、ジェナはほっと一息ついた。
「ここ、車止めるところが少なくて、それでいて、沢山人が来るから、スペースを見つけると焦ってしまうの」
「一体何があるの?」
「この前のテニスコートの向こうにはローズガーデン。後ろのあっちの森の奥が、ジャパニーズガーデン」
二つのガーデンは道を挟んで向かい合っている。
ローズガーデンは無料だが、ジャパニーズガーデンは入場料がいるらしい。
全米にある日本庭園の中で一番美しく、世界からも評価が高いと聞いたら、どんな庭なのか興味が湧いた。
そこで入ってみた。
日本人なら見慣れた光景なので感動はそんなになかったのだが、これがアメリカで作られてると考えたら、かなり忠実に再現されてるのはすごいことだった。
寺院を思わせる建物、枯山水、池、松、桜、竹、椿、そういったものがテーマに沿って、上手く配置されている。
まさに日本で良く知られているイメージそのままの庭園だった。
でも何かがピタッと当てはまらない。
どこか違和感を覚えた。
「どう思う、ここ。日本の庭園と同じ?」
「かなりレベルが高いと思う。だけど、ここが全くの日本に見えるとは言い切れない」
「どうして?」
「うーん、なんでそう思うんだろう。こんなに日本なのに」
俺たちは順序に沿って、庭園を歩いていた。
そこで俺は気が付いた。
「あっ! 木と草だ」
森の中にあるから、周りの木が高すぎて、日本ぽくなく、自然に生えている草も種類が日本と違っている。
そのことをジェナに伝えてみた。
「ああ、あの高い木ね。あれはダグラスファー。オレゴン原産の木。クリスマスツリーにも良く使われる」
「どおりで、洋風っぽい」
それは仕方のないことだった。
それでもこの日本庭園は限りなく日本に近い場所だった。
アメリカ人なら、こういうのが好きだろう。
京都に沢山外国人の観光客が押し寄せるように。
「日本ってどんな国?」
苔が生える小道でジェナが立ち止まり訊いた。
「うーん」
一言で言い表せないし、何を言っていいのかわからない。
自分の国だというのに、俺はジェナに上手く伝えられないでいる。
焦って、思った事をとりあえず言ってみた。
「狭くて住みにくい国かな」
「どうして住みにくいの?」
「みんな、自分の意見をはっきり言わずに、人が察することを当たり前に思っているから」
「どういう意味、それ?」
「周りと同じようにしなければならないってこと」
「なんかつまらなくない?」
「その通り、つまらない」
「でもさ、ジャック、どうして悪い所を先に言うの?」
「えっ?」
自分で気が付いてなかった。
なぜか俺は自分の国を蔑んで見る癖がついている。
「それでいいところは?」
「えーっと、それは……」
咄嗟に出て来ず、俺は目を泳がせる。
あまりにも日本に似た場所に来て、感覚が麻痺してここがどこだかわからなくなってくる。
「私は日本が好きだよ。本当に文化、習慣も独特だよね。昔からの伝統が受け継がれてる」
「そうかな」
「そうだよ。それって大切な事だと思うよ」
アメリカ人のジェナに日本のいいところを教えられてるように思え、俺は恥ずかしかった。
自分の国の事も何一つ満足に紹介できない。
ジェナは少なくとも自分の生まれ故郷、オレゴンについてはたくさんの事知ってそうだ。
だからこうやって俺を色んな所へと案内できるし、自慢もできる。
もし、ジェナが日本に来た時、俺はこんな風に案内できるのだろうか。
そして同じように自慢できるのだろうか。
それでも俺はジェナに言った。
「いつか、日本においで。俺が案内するから」
「それ、いいね。ありがとう。でも実現するかな」
あれ、なんかジェナらしくない消極的な返事。
ジェナだったら、「絶対行く!」とか言い出すと思ってたのに。
時々寂しげな目をして、モチベーションが下がるから、女心はよくわからない。
日本庭園を出た後、向かいのローズガーデンに寄った。
ふんわりとした柔らかな空気が流れたように感じたのは、あまりにも多くのバラが咲き誇り、それらの香りが漂ってるように思ったからだろうか。
見事な沢山のバラが、色とりどりに美しい。
そこは広大な範囲で、全てバラで埋め尽くされていた。
「ちょうどローズの季節で、ローズフェスティバルの期間なんだ」
毎年5月下旬から6月中旬にかけて、ポートランドの街全体で、色んなイベントが催されて賑わうそうだ。
各高校でローズクィーンを選出してグランプリを決めたり、パレードがあったり、川でボートレースがあったりと、多彩に催される。
ローズクィーンと聞いて、ジェナなら選ばれてもおかしくないと思った。
「ジェナはローズクィーンに選ばれた事あるの?」
「ううん、私、ホームスクールだから、高校には行ってない」
「えっ? でも高校卒業したって」
「うん、だから、高校卒業と同じカリキュラムを終えたってこと」
「でも、ホームスクールって家で勉強するってこと?」
「そうだよ。オレゴンはホームスクールが全米一盛んで、そのためにわざわざこっちへ引っ越してくる家族もいるの。カリキュラムがしっかりしてて、ホームスクラー同士助けあったり、そういう組織があって、たまにものすごい数のホームスクラーとその親たちが集まって集会なんかも開かれる。学力も定期的に試験を受けたりして自分で力をつけていくの」
「すごいな」
「だって、学校は予算がないと、すぐ休みになったり、先生がストライキ始めたり、銃乱射事件があったり」
「おいっ!」
「本当のことだもん。学校で銃乱射の避難訓練までさせられるんだよ。そんな学校他の国にある?」
「それはそうだけど、しかし怖い」
「そうだよ、ほんと怖いよ。でも私がホームスクール始めたのは、それが理由じゃないけどね」
そういって、ジェナはバラの花が咲き誇る中へと進んでいった。
バラを見ていると、心が癒されていく。
とにかくここは平和だ。
こんなに美しい場所があっても、アメリカはどこかに闇が潜んでいる。
光と影のコントラストがとても激しいように思えた。
朝、早く出かけたせいでもあったけど、色んな所に行って結構ハードなスケジュールだったように思う。
つい大きな欠伸が出てしまう。
「疲れたね、ジャック。泊まるところどうしようか」
疲れてベンチに座ってる俺の横にジェナも腰掛けた。
俺はスマホを取り出し、この近辺のホテルを検索し出した。
ダウンタウンのはずれに安いホテルがあったので、ブッキングしようとしたが、すでに満室だった。
「この辺周辺はフェスティバルで旅行者が多くなってホテルはほとんど満室かも」
「別にダウンタウン付近じゃなくてもいいじゃないか」
今度は広範囲で探せば、隣の街にリーズナブルな値段の宿を見つけ、部屋に空きがあるのがわかった。
そのホテルの近くには路面電車マックスの駅もある。
ジェナも気にいってくれたようだった。
「ねぇ、明日はマックスでダウンタウンに行けばいいけど、そうしたら、もう一泊そこで泊まった方がよくない?」
「そっか、車置いとかなくっちゃいけないし、それならこの宿に置いとけばいいし、そうだね、ここで2泊した方がダウンタウンでゆっくりできるね」
善は急げ、すぐさまネット予約した。
「やっぱり部屋は二つ?」
スマホの画面を見ながらジェナが訊いた。
「当たり前じゃないか」
「別に一緒の部屋でもいいよ。その方が割り勘できるし」
「そこはダメだ」
ジェナは俺を信じ切ってるから、そんな風にいってくれるのかもしれない。
でも俺の方が自分を信じ切れない。
どうせ、お互い一人旅してたのだから、そこは別々に宿をとっても、なんの問題もないだろう。
そこだけは一線を分けとかなくっちゃって、俺は頑なにそう思っていた。
ジェナは、俺のジェントルマンな態度にくすっと笑っていた。
「それじゃ、行こうか」
「あっ、その前にもう一つだけ、行きたいところがある。車で5分くらいで、すぐそこなの」
夕方だけど、日はまだ明るい。
本当はかなり疲れていたけど、もうひと踏ん張りしようと、俺は立ち上がった。
次、ジェナが案内してくれたのは、ピトックマンションと呼ばれる昔ながらの豪邸だった。
オレゴン新聞の創始者が100年以上も前に建てたらしい。
それはそれは馬鹿でかい、赤いお屋根の立派なお屋敷だった。
中は見学できるが、俺たちがついた時にはすでに営業時間は終わっていた。
ここでまたジェナが残念な顔をするのかと思いきや、そのまま屋敷を素通りして、建物の裏側へと向かっていった。
小高い丘の上にあるその建物の裏庭からは、なんとポートランドダウンタウンとマウントフッドが一望できた。
「ねぇ、素敵な場所でしょ。建物の中も、アンティークな家具が一杯で豪華だけど、私はこの景色見るのが好きなの」
「ほんとだ。すごい!」
「もうちょっと暗かったら、夜景が綺麗なんだよ」
そういえば、カップル達が寄り添って景色を眺めていた。
俺たちもロマンティックな気分に浸り、疲れてるのも忘れる程、暫くずっとその景色を見つめていた。
話をしているうちに、前方にビルが立ち並ぶポートランドが見えてきた。
ここで、ジェナの指示があり、その通りに進むとウィラメット川に架かる『バーンサイドブリッジ』にやってきた。
これは大きな船を通すときに、真ん中でパカッて開いて二つに割れる跳ね橋だ。
前方の茶色いビルの屋上に鹿のシェイプと『Portland Oregon』と綴られたネオンのサインが掲げてあった。
まさにポートランドに来ましたという気分にさせられる。
そのまま真っ直ぐ行けば、ダウンタウンに入り、右手にチャイナタウンの入り口みたいな門が現れた。
パッと見、治安が良くなさそうで怖い雰囲気がした。
「昔はチャイニーズレストランで賑わって、中国人が一杯いたけど、今は中国人が全くいないチャイニーズタウンになってしまった。すごくさびれて、夜とかは近づかない方がいいと思う」
苦笑いして肩を竦めたジェナも、それとなく危ないと体で示しているようだ。
その後何も言われずまっすぐ行くと、あっという間にダウンタウンの外れになって、ポートランドを飛び越えて山間へと続いてしまった。
「どこ行くの?」
俺が不安になってると、「次の信号左に曲がって」と指示された。
曲がった途端大きくカーブして坂道を上がって行く。
金持ちそうな家が立ち並んでる通りに出て、しばらくしたら駐車場のある場所に辿り着いた。
「ジャック、あそこ、車止められる。早く」
ジェナは俺を急かした。
すでに車で詰まってしまった場所に一台だけ停まれるスペースが開いていた。
そこに車を停めると、ジェナはほっと一息ついた。
「ここ、車止めるところが少なくて、それでいて、沢山人が来るから、スペースを見つけると焦ってしまうの」
「一体何があるの?」
「この前のテニスコートの向こうにはローズガーデン。後ろのあっちの森の奥が、ジャパニーズガーデン」
二つのガーデンは道を挟んで向かい合っている。
ローズガーデンは無料だが、ジャパニーズガーデンは入場料がいるらしい。
全米にある日本庭園の中で一番美しく、世界からも評価が高いと聞いたら、どんな庭なのか興味が湧いた。
そこで入ってみた。
日本人なら見慣れた光景なので感動はそんなになかったのだが、これがアメリカで作られてると考えたら、かなり忠実に再現されてるのはすごいことだった。
寺院を思わせる建物、枯山水、池、松、桜、竹、椿、そういったものがテーマに沿って、上手く配置されている。
まさに日本で良く知られているイメージそのままの庭園だった。
でも何かがピタッと当てはまらない。
どこか違和感を覚えた。
「どう思う、ここ。日本の庭園と同じ?」
「かなりレベルが高いと思う。だけど、ここが全くの日本に見えるとは言い切れない」
「どうして?」
「うーん、なんでそう思うんだろう。こんなに日本なのに」
俺たちは順序に沿って、庭園を歩いていた。
そこで俺は気が付いた。
「あっ! 木と草だ」
森の中にあるから、周りの木が高すぎて、日本ぽくなく、自然に生えている草も種類が日本と違っている。
そのことをジェナに伝えてみた。
「ああ、あの高い木ね。あれはダグラスファー。オレゴン原産の木。クリスマスツリーにも良く使われる」
「どおりで、洋風っぽい」
それは仕方のないことだった。
それでもこの日本庭園は限りなく日本に近い場所だった。
アメリカ人なら、こういうのが好きだろう。
京都に沢山外国人の観光客が押し寄せるように。
「日本ってどんな国?」
苔が生える小道でジェナが立ち止まり訊いた。
「うーん」
一言で言い表せないし、何を言っていいのかわからない。
自分の国だというのに、俺はジェナに上手く伝えられないでいる。
焦って、思った事をとりあえず言ってみた。
「狭くて住みにくい国かな」
「どうして住みにくいの?」
「みんな、自分の意見をはっきり言わずに、人が察することを当たり前に思っているから」
「どういう意味、それ?」
「周りと同じようにしなければならないってこと」
「なんかつまらなくない?」
「その通り、つまらない」
「でもさ、ジャック、どうして悪い所を先に言うの?」
「えっ?」
自分で気が付いてなかった。
なぜか俺は自分の国を蔑んで見る癖がついている。
「それでいいところは?」
「えーっと、それは……」
咄嗟に出て来ず、俺は目を泳がせる。
あまりにも日本に似た場所に来て、感覚が麻痺してここがどこだかわからなくなってくる。
「私は日本が好きだよ。本当に文化、習慣も独特だよね。昔からの伝統が受け継がれてる」
「そうかな」
「そうだよ。それって大切な事だと思うよ」
アメリカ人のジェナに日本のいいところを教えられてるように思え、俺は恥ずかしかった。
自分の国の事も何一つ満足に紹介できない。
ジェナは少なくとも自分の生まれ故郷、オレゴンについてはたくさんの事知ってそうだ。
だからこうやって俺を色んな所へと案内できるし、自慢もできる。
もし、ジェナが日本に来た時、俺はこんな風に案内できるのだろうか。
そして同じように自慢できるのだろうか。
それでも俺はジェナに言った。
「いつか、日本においで。俺が案内するから」
「それ、いいね。ありがとう。でも実現するかな」
あれ、なんかジェナらしくない消極的な返事。
ジェナだったら、「絶対行く!」とか言い出すと思ってたのに。
時々寂しげな目をして、モチベーションが下がるから、女心はよくわからない。
日本庭園を出た後、向かいのローズガーデンに寄った。
ふんわりとした柔らかな空気が流れたように感じたのは、あまりにも多くのバラが咲き誇り、それらの香りが漂ってるように思ったからだろうか。
見事な沢山のバラが、色とりどりに美しい。
そこは広大な範囲で、全てバラで埋め尽くされていた。
「ちょうどローズの季節で、ローズフェスティバルの期間なんだ」
毎年5月下旬から6月中旬にかけて、ポートランドの街全体で、色んなイベントが催されて賑わうそうだ。
各高校でローズクィーンを選出してグランプリを決めたり、パレードがあったり、川でボートレースがあったりと、多彩に催される。
ローズクィーンと聞いて、ジェナなら選ばれてもおかしくないと思った。
「ジェナはローズクィーンに選ばれた事あるの?」
「ううん、私、ホームスクールだから、高校には行ってない」
「えっ? でも高校卒業したって」
「うん、だから、高校卒業と同じカリキュラムを終えたってこと」
「でも、ホームスクールって家で勉強するってこと?」
「そうだよ。オレゴンはホームスクールが全米一盛んで、そのためにわざわざこっちへ引っ越してくる家族もいるの。カリキュラムがしっかりしてて、ホームスクラー同士助けあったり、そういう組織があって、たまにものすごい数のホームスクラーとその親たちが集まって集会なんかも開かれる。学力も定期的に試験を受けたりして自分で力をつけていくの」
「すごいな」
「だって、学校は予算がないと、すぐ休みになったり、先生がストライキ始めたり、銃乱射事件があったり」
「おいっ!」
「本当のことだもん。学校で銃乱射の避難訓練までさせられるんだよ。そんな学校他の国にある?」
「それはそうだけど、しかし怖い」
「そうだよ、ほんと怖いよ。でも私がホームスクール始めたのは、それが理由じゃないけどね」
そういって、ジェナはバラの花が咲き誇る中へと進んでいった。
バラを見ていると、心が癒されていく。
とにかくここは平和だ。
こんなに美しい場所があっても、アメリカはどこかに闇が潜んでいる。
光と影のコントラストがとても激しいように思えた。
朝、早く出かけたせいでもあったけど、色んな所に行って結構ハードなスケジュールだったように思う。
つい大きな欠伸が出てしまう。
「疲れたね、ジャック。泊まるところどうしようか」
疲れてベンチに座ってる俺の横にジェナも腰掛けた。
俺はスマホを取り出し、この近辺のホテルを検索し出した。
ダウンタウンのはずれに安いホテルがあったので、ブッキングしようとしたが、すでに満室だった。
「この辺周辺はフェスティバルで旅行者が多くなってホテルはほとんど満室かも」
「別にダウンタウン付近じゃなくてもいいじゃないか」
今度は広範囲で探せば、隣の街にリーズナブルな値段の宿を見つけ、部屋に空きがあるのがわかった。
そのホテルの近くには路面電車マックスの駅もある。
ジェナも気にいってくれたようだった。
「ねぇ、明日はマックスでダウンタウンに行けばいいけど、そうしたら、もう一泊そこで泊まった方がよくない?」
「そっか、車置いとかなくっちゃいけないし、それならこの宿に置いとけばいいし、そうだね、ここで2泊した方がダウンタウンでゆっくりできるね」
善は急げ、すぐさまネット予約した。
「やっぱり部屋は二つ?」
スマホの画面を見ながらジェナが訊いた。
「当たり前じゃないか」
「別に一緒の部屋でもいいよ。その方が割り勘できるし」
「そこはダメだ」
ジェナは俺を信じ切ってるから、そんな風にいってくれるのかもしれない。
でも俺の方が自分を信じ切れない。
どうせ、お互い一人旅してたのだから、そこは別々に宿をとっても、なんの問題もないだろう。
そこだけは一線を分けとかなくっちゃって、俺は頑なにそう思っていた。
ジェナは、俺のジェントルマンな態度にくすっと笑っていた。
「それじゃ、行こうか」
「あっ、その前にもう一つだけ、行きたいところがある。車で5分くらいで、すぐそこなの」
夕方だけど、日はまだ明るい。
本当はかなり疲れていたけど、もうひと踏ん張りしようと、俺は立ち上がった。
次、ジェナが案内してくれたのは、ピトックマンションと呼ばれる昔ながらの豪邸だった。
オレゴン新聞の創始者が100年以上も前に建てたらしい。
それはそれは馬鹿でかい、赤いお屋根の立派なお屋敷だった。
中は見学できるが、俺たちがついた時にはすでに営業時間は終わっていた。
ここでまたジェナが残念な顔をするのかと思いきや、そのまま屋敷を素通りして、建物の裏側へと向かっていった。
小高い丘の上にあるその建物の裏庭からは、なんとポートランドダウンタウンとマウントフッドが一望できた。
「ねぇ、素敵な場所でしょ。建物の中も、アンティークな家具が一杯で豪華だけど、私はこの景色見るのが好きなの」
「ほんとだ。すごい!」
「もうちょっと暗かったら、夜景が綺麗なんだよ」
そういえば、カップル達が寄り添って景色を眺めていた。
俺たちもロマンティックな気分に浸り、疲れてるのも忘れる程、暫くずっとその景色を見つめていた。