その建物のすぐ側に『ヒストリック・コロンビア・リバー・ハイウェイ』──コロンビア川歴史旧街道──が通っていた。

 その街道に沿って俺たちは東を目指す。

 歴史あるその道はビューポイントがあったり、またその街道を少し奥に入れば滝がいくつもあったりと人気のドライブコースになっていた。

 しかし、くねくねとして曲がってる時に対向車が来るとちょっと怯む。

 ある程度すると、道は真っ直ぐになり運転しやすくなったのでほっとした。

 そうしているうちに目的地の『マルトノマ滝』に着いた。

 駐車料金も入場料も払わず、誰もが自由に来れるから、観光客もかなり多く、人だけじゃなく、犬までもつれて来ていた。

 滝なんて、水が流れてるくらいにしか思ってなかったが、その流れ方、見せ方がなんとも美しかった。

 やっぱりここでも息を飲んだ。

 二段に分かれて長く細く布を垂らしたように流れる水。

 上段が165m、下段が21m。

 この間にも3mのなだらかな滝があり、全体で189mの長さだ。

 分かれている真ん中に橋が掛かって、その全体の姿は独特の風景を醸し出している。

 水が年中流れてる滝の中で全米で二番目に高いと言われている。

 大きさとしてはカリフォルニアのヨセミテの滝の方が長いけど、あっちは水が流れない時があるので、年中流れているオレゴンの勝ちだそうだ。

「この滝は季節によって色々と姿が変わるの」

 滝のふもとで、流れる水を見ながらジェナが教えてくれる。

 水は山からの湧水だが、春は雪解け水や季節によって降る雨で水量が増えたり、夏は暑いと減ったりして、流れる水は太ったり細くなったりするらしい。

 四季による自然の変化、とくに冬だと雪が降って凍ったりして、風情がでるそうだ。

 今はちょうど初夏のころ。

 若葉が茂って爽やかに生き生きとしているように思った。

 橋の上に人が歩いている。

 あそこまで登れると知って、俺も挑戦してみた。

 坂道も苦になく、簡単に上まで上がれた。

 上から見ると、人が小さくて点々としていた。

「上からスクールバスくらいの岩が転がってきて、この橋も崩れたりしたことがあったんだよ」

 思わず頭上を見てしまう。

 何かが落ちてきたらひとたまりもなさそうだった。


 この滝とゴージはオレゴンに来たら絶対に見ないといけないポイントだとジェナは力説する。

 俺をここに連れてくることができて、なんだかほっとしていた。

 他にもたくさんのハイキングコースがあって、アウトドア派の山登り好きにはたまらない場所らしい。

 ジェナも色々と登ったと言っていた。

 でも俺は山登りが苦手だから、行きたいとは思わない。

 それを正直に言えば「Why?」と残念そうに俺を見つめた。

 わざわざ疲れに行くなんて、面倒くさい。

「ジャックの趣味は何?」

 そういえばまだお互いの事、何も知らなかった。

 もうずいぶん前からジェナの事を知ってるような気がして、俺はすっかりジェナと一緒にいる事に違和感がなかった。

「趣味は食べる事、寝る事、ぼけっとする事」

「えっ? それ日常生活でしょ」

 これと言って、人に言えるような趣味はなく、読書と言えば無難だろうが、あまり読んでないし、スポーツは好きじゃないから適当にも言えないし、結局自分の趣味ってなんだろう。

 いつも適当に生きてきたから、すぐに浮かばない。

 しいて言うなら英語を話す事。

 これだ!

 思わず得意になっていった。

「ジャックは英語話すの上手いと思う。とても自然」

 ジェナに言われると恥ずかしい。

 でもそんなに実力ないのは自分でもわかってる。

 ただ、簡単な言い回しを使って、受け答えが慣れただけだ。

 だけど、全く話せなかったときと比べたら、俺にはこれで十分だった。

 突然話しかけられても物怖じしない度胸だけはついた。


 俺たちは再び車で『インターステイト・ハイウェイ84』に乗り、コロンビア川を横目にポートランド方面に向かって走る。

 空は晴れているのに、ポツポツと雨がフロントガラスに降って来た。

 やがてぼたぼたと大粒になって、ワイパーが必要なくらいの量になり、それを動かして暫く行くと、またポツポツに変わって、最後に雨がやんだ。

 ほんの1分程度のことだった。

「なんだ、この天気」

 俺が驚くと、ジェナは言った。

「ちょうど雨雲の下を通ったんだね」

 オレゴンは雨が多いらしい。

 だが、夏になると降らなくなり、この時期は稀に一部の雨雲が雨を降らせながら流れていく。

 小さな雨雲だから、それはすぐにやみ、晴れ間を覗かす。

 本格的な夏が始まる前に雷を伴う雨が夕立のように降る事もあるらしい。

 それはすぐに過ぎ去り、その後は雨が全く降らない夏になるそうだ。

 それ以外は雨がしとしととよく降るんだそうだ。

「でね、雨が多いから地元の人は慣れちゃって、傘ささないの」

「雨が多いから傘がよく売れそうなのに、みんな買わないんだろうね」

「みんな傘持たないから、売ってる店もあまり見た事ない。もし、傘を持ってスーパーに行くと、警察に通報されて大騒ぎになったりするの」

「えっ、なんで?」

「ライフル持ってると間違われるんだって。それだけ傘持って歩く事が珍しいってこと」

「大げさな例えだな」

「ううん、ほんとにあったことだから」

「ええっ」

 アメリカらしい話だけど、実際傘持ってスーパーに行った人、警察に囲まれて『フリーズ』とか言われたんだろうか。

「銃が簡単に手に入るから、どこかでみんな疑ってしまうの。子供ですら、おもちゃの銃を持ってると、警官に撃たれるような国だもん。日本は銃が規制されてるから安心だね」

「それは言えてる。アメリカはあまりにも銃犯罪が多すぎる」

「でも銀行強盗するとき、銃はいらないんだよ」

「えっ?」

「紙とペンがあればできるの」

「紙とペンで銀行強盗?」

「窓口で、金を出せって書いた紙を黙って見せるだけ。そうすると銀行員は安全を考えて、さっとお金を出すの」

「そんな簡単にお金を渡すの?」

「もしかしたら銃を持ってるかもしれないし、抵抗して銃を乱射されるより、お金渡してさっさと帰ってもらうの」

「そんなんでいいの?」

「出て行ったら、すぐに警察に知らせる。大概、皆捕まっちゃうんだ」

「銀行強盗する人って、なんかバカだね」

「うん、大バカだよ。だって、お金奪って銀行出ようとしてる時に、近所の人とすれ違って『ハーイ、ジョン』ってな具合に挨拶されてるの。犯人慌てて無視して逃げたけど、近所の人に住んでる場所暴露されて、素早く捕まっちゃった」

「なんでそんな知り合いが来るかもしれないところで銀行強盗するんだ」

「笑っちゃうでしょ。もっと考えればいいのにね」

 そんな話をしている時に、目の前に角ばった装甲車のように重厚な車が走ってるのが目に付いた。

「あれ、アーマードトラック。お金運んでるの」

 現金輸送車のことだろう。

「後ろの真ん中の所、小さな丸い穴みたいなのがあるでしょ。いざと言う時はあそこから銃の先が出るの」

「中で銃を構えてるの?」

「もちろん。お金運んでるから、襲われないように厳重に武装してるよ」

 なんだか怖くなり、俺はレーンを変更した。