3
オレゴン・コースト・ハイウェイの101号線は、ヤングス川の河口付近に掛かった橋へと続き、それを渡りきると、アストリアへ到着した。
そのままさらに先を進み、もう一つの大きな河──コロンビア川──の河口付近に掛かった『アストリア・メグラー橋』を渡ればそこはワシントン州だった。
アストリア・メグラー橋は一直線に河の上を延びて、長く豪快に掛かっていた。
まさに橋がかかる景色として絵になるような壮大さがあった。
「あっちに行ったら、買い物に消費税がかかるけど、オレゴンは消費税ないからね。カリフォルニアもかなり消費税高いでしょ?」
ワシントン州に真っ直ぐ長く続く橋を見ながら、ジェナが呟いた。
「それって、ワシントン州の人がその橋渡って買い物に来たらいいんじゃないの? 車とか大きなものはこっちで買った方が安いんじゃない」
「ワシントン州もそこはきっちり考えてて、ワシントン州に住んでる人はオレゴン州で車買っても、消費税とられちゃうの。だから逃れられないの。反対にオレゴン州に住んでる人はワシントン州で買い物しても、申請したら消費税はきっちり戻ってくる」
「なんかオレゴン州、お得だ」
「でも、その分、州に払う所得税率はどこの州よりもオレゴン高いよ。ワシントン州は州の所得税ないし、どっちが得なのかは、人それぞれかも」
アメリカは連邦政府に払う所得税と、州に払う所得税と二つとられるらしい。
州の所得税なしと消費税なし、どっちが得なんだろう。
「とにかく、はっきり言えるのは、観光客にとったらオレゴン州は得ってことだな」
観光客代表として俺が胸を張って主張すれば、ジェナも大いに同意してくれた。
まだ会ったばかりだけど、すでに俺たちは打ち解けていた。
というより、ここまでジェナにフレンドリーに迫られると、俺もそれに感化されてしまう。
俺が強くいえないのも悪いけど、断れないし、断っても彼女は絶対に受け入れずに、我を通してくるのも見えてしまう。
こうなったら俺も、成り行き上覚悟を決め、ハプニングを素直に受け入れ、楽しもうと腹を括った。
どうせあてのない旅だったから、同伴者がいるのは心強かった。
ジェナは俺に指示を与え、俺は言われるままに車を運転する。
行く先については何も考えなくていいのも楽だった。
そして、住宅街に車を停め、俺たちは暫く歩いた。
なんとなく塩の味がする湿っぽい空気。
アストリアの街と隣接してるのは大きな川だけど、海がとても近いのを感じる。
見上げれば曇り空。
どんよりとしているが、それがこの街に妙に合ってるように思えた。
遠くからは『ウォウォ』と叫びが聞こえてきて、俺はその方向に振り返った。
ジェナは、すぐに反応して教えてくれた。
「あれ、シーライオン(アシカ)が鳴いてるの」
「シーライオンがいるの?」
そういえば鳴き声がなんとなくライオンのようにも聞こえる。
海のライオンでアシカ。
なるほど、でも見かけは全然ライオンじゃないけど、結構馬鹿でかい動物だ。
うかつに近づけば襲われそうではあるが。
「海が近いから、川を伝ってここまで来るの。ひなたぼっこに適してる川に浮かんでるプラットフォームがあって、そこでうじゃうじゃ群れをなしてひしめき合ってる」
ジェナは両手をパタパタとさせ、アシカの鳴き声を真似する。
アシカになり切ろうと頑張る姿がおかしかった。
やっぱり旅行は誰かがいると楽しいと思えた。
すっかり俺専用の観光案内人になってしまったジェナ。
俺にいろんな情報を惜しみなく与えてくれる。
古い小学校の建物の前を通っても、『キンダガートン・コップ』で出てきた学校と教えてくれた。
ここにシュワちゃんがやってきたのか。
思わずスマホで写真を撮った。
ジェナはさっさと前を歩いていたので、その後姿も内緒で写真に収めた。
オレゴン特有のややビクトリアンスタイル風の可愛い家が立ち並ぶ、静かな街並みで、歩いている少女。
なんだか絵になっていた。
ストリートの一番端までくると、急な斜面が左手に現れ、それを登れば、映画で見た通りのグーニーズの家がある……はずだった。
でも俺たちがそこで見たのは、ここから先は入るなという警告のサインだった。
「残念」
ジェナは申し訳なさそうに、肩を竦め縮こまる。
ジェナが言うには、映画が公開されてからずっとこの家は誰でも自由に近くまで行けたらしい。
だが、2015年の夏、グーニーズ公開30周年のイベントがあってから、一般に開放したことが仇となり、あまりのマナーの悪さにオーナーがブチ切れてそれ以来、こうなっているらしい。
近所の人もそれは同情するくらい、迷惑行為が続いたそうだ。
そろそろ元に戻ったかと、ジェナは俺をここに連れてきてくれたが、オーナーの怒りは収まってなかった。
だけど、家にブルーシートを掛けて写真すら撮らせないようにしていたときよりは、少しまだましになったみたいで、離れたところからだとチラッとそれらしき家が見えた。
ここがロケ地だった事実は変わらないので、俺は記念にその辺りの写真を撮った。
自転車で子供たちがこの坂道を駆けていくシーンが思い出される。
ここをあの子供たちが通った。
それを味わうだけで充分だった。
「Goonies never say die!」
あの有名なセリフを叫ぶと、ジェナは「はっ」と驚いた顔をした。
そして、深く感銘を受けたように、俺をじっと見つめていた。
映画のセリフを覚えていてよかった。
このセリフの意味としては絶対に諦めないってニュアンスだけども、俺は『グーニーズここにあり!』とその魅力は絶対に滅びない意味で、不屈の精神を意味してみた。
ジェナも同じようにそのセリフを言う。
「Goonies never say die!」
表情がすっきりとしていた。
グーニーズの主人公になったように、お互いの気持ちが通じて、充分映画の気分を味わって楽しくなった。
俺たちは、足取り軽く元来た道を戻っていく。
遠くからまたアシカの声が聞こえてきた。
今度は俺が「アウアウ」と言ってみた。
アストリアはこじんまりとした落ち着きのある町だけど、よく考えたら身近にそんな生き物が生息していることがすごい。
ジェナがいうには、それはそれはすごい数のアシカが集まってくるらしい。
歩いてみて分かったが、グーニーズの話だと、ここにゴルフ場を建設したい事だったが、こんな小さな街に家を立ち退かせたところで、ゴルフ場なんて作れそうもない。
さすが映画の話。
実際に訪れたら、色々とストーリー破綻の齟齬が見えてくる。
それもまた面白かった。
一人で来ていたら、俺は素通りしていたに違いない。
ジェナが案内してくれたことに深く感謝していた。
気が付けば、ジェナが傍にいない。
後ろを振り返れば、ジェナはしゃがんで住宅の表庭をじっと見て「キティキティ」と呼んでいた。
どこかに猫がいるに違いない。
俺も側に寄り、ジェナの呼んでる方向を見てみたが、猫は見当たらない。
でもジェナは猫を呼ぶのを止めようとしなかった。
「どこに猫がいるんだ?」
「あそこ、窓の下の花壇のところ」
ジェナが指差した先には、白いごみ袋が置いてあるだけだった。
見ようによっては見間違えるかもしれない、ややこしい形をしていた。
俺がそれを指摘したとき、ジェナはハッとしてすぐに瞳が悲しげに曇った。
俺は笑おうと思ったが、息を止めて思い直した。
そうだった、俺は彼女のメガネを壊したんだった。
急に申し訳ない気持ちになり、どうしていいかわからない。
でもその時、隣の家の低木の茂みから太った猫が現れて、芝生の上に座って毛づくろいを始めた。
でっぷりとした腹が、ガーフィールドみたいだった。
「あれは本物の猫?」
気を取り直したジェナが聞く。
「多分」
あれだけ真ん丸だと、もしかしたら猫に似た何かかもしれないと、あやふやになってしまう。
俺たちが近づくと、その猫は体に似合わないすばしっこさで奥に駆けていった。
急に動いて心臓発作にでもならなければいいのだけど。
「触りたかったな、猫」
未練がましく逃げて行った方向をジェナは見つめていた。
「ジェナはメガネがないと、やっぱりよく見えないの?」
踏んづけてしまった俺だけど、今更ながら訊いてみた。
「まだ大丈夫。なんとか見える。でも昔は今よりも視力がよかったから、もどかしい」
俺は結構視力がいいから、自分が見えてるように見えないのがよくわからない。
「メガネないと困らない?」
「すぐには困らない。ちゃんとジャックの顔も見えるし」
ジェナの顔がまじかに迫った。
それとは反対に俺の体が逸れた。
戸惑う俺を面白そうにジェナは笑っていた。
オレゴン・コースト・ハイウェイの101号線は、ヤングス川の河口付近に掛かった橋へと続き、それを渡りきると、アストリアへ到着した。
そのままさらに先を進み、もう一つの大きな河──コロンビア川──の河口付近に掛かった『アストリア・メグラー橋』を渡ればそこはワシントン州だった。
アストリア・メグラー橋は一直線に河の上を延びて、長く豪快に掛かっていた。
まさに橋がかかる景色として絵になるような壮大さがあった。
「あっちに行ったら、買い物に消費税がかかるけど、オレゴンは消費税ないからね。カリフォルニアもかなり消費税高いでしょ?」
ワシントン州に真っ直ぐ長く続く橋を見ながら、ジェナが呟いた。
「それって、ワシントン州の人がその橋渡って買い物に来たらいいんじゃないの? 車とか大きなものはこっちで買った方が安いんじゃない」
「ワシントン州もそこはきっちり考えてて、ワシントン州に住んでる人はオレゴン州で車買っても、消費税とられちゃうの。だから逃れられないの。反対にオレゴン州に住んでる人はワシントン州で買い物しても、申請したら消費税はきっちり戻ってくる」
「なんかオレゴン州、お得だ」
「でも、その分、州に払う所得税率はどこの州よりもオレゴン高いよ。ワシントン州は州の所得税ないし、どっちが得なのかは、人それぞれかも」
アメリカは連邦政府に払う所得税と、州に払う所得税と二つとられるらしい。
州の所得税なしと消費税なし、どっちが得なんだろう。
「とにかく、はっきり言えるのは、観光客にとったらオレゴン州は得ってことだな」
観光客代表として俺が胸を張って主張すれば、ジェナも大いに同意してくれた。
まだ会ったばかりだけど、すでに俺たちは打ち解けていた。
というより、ここまでジェナにフレンドリーに迫られると、俺もそれに感化されてしまう。
俺が強くいえないのも悪いけど、断れないし、断っても彼女は絶対に受け入れずに、我を通してくるのも見えてしまう。
こうなったら俺も、成り行き上覚悟を決め、ハプニングを素直に受け入れ、楽しもうと腹を括った。
どうせあてのない旅だったから、同伴者がいるのは心強かった。
ジェナは俺に指示を与え、俺は言われるままに車を運転する。
行く先については何も考えなくていいのも楽だった。
そして、住宅街に車を停め、俺たちは暫く歩いた。
なんとなく塩の味がする湿っぽい空気。
アストリアの街と隣接してるのは大きな川だけど、海がとても近いのを感じる。
見上げれば曇り空。
どんよりとしているが、それがこの街に妙に合ってるように思えた。
遠くからは『ウォウォ』と叫びが聞こえてきて、俺はその方向に振り返った。
ジェナは、すぐに反応して教えてくれた。
「あれ、シーライオン(アシカ)が鳴いてるの」
「シーライオンがいるの?」
そういえば鳴き声がなんとなくライオンのようにも聞こえる。
海のライオンでアシカ。
なるほど、でも見かけは全然ライオンじゃないけど、結構馬鹿でかい動物だ。
うかつに近づけば襲われそうではあるが。
「海が近いから、川を伝ってここまで来るの。ひなたぼっこに適してる川に浮かんでるプラットフォームがあって、そこでうじゃうじゃ群れをなしてひしめき合ってる」
ジェナは両手をパタパタとさせ、アシカの鳴き声を真似する。
アシカになり切ろうと頑張る姿がおかしかった。
やっぱり旅行は誰かがいると楽しいと思えた。
すっかり俺専用の観光案内人になってしまったジェナ。
俺にいろんな情報を惜しみなく与えてくれる。
古い小学校の建物の前を通っても、『キンダガートン・コップ』で出てきた学校と教えてくれた。
ここにシュワちゃんがやってきたのか。
思わずスマホで写真を撮った。
ジェナはさっさと前を歩いていたので、その後姿も内緒で写真に収めた。
オレゴン特有のややビクトリアンスタイル風の可愛い家が立ち並ぶ、静かな街並みで、歩いている少女。
なんだか絵になっていた。
ストリートの一番端までくると、急な斜面が左手に現れ、それを登れば、映画で見た通りのグーニーズの家がある……はずだった。
でも俺たちがそこで見たのは、ここから先は入るなという警告のサインだった。
「残念」
ジェナは申し訳なさそうに、肩を竦め縮こまる。
ジェナが言うには、映画が公開されてからずっとこの家は誰でも自由に近くまで行けたらしい。
だが、2015年の夏、グーニーズ公開30周年のイベントがあってから、一般に開放したことが仇となり、あまりのマナーの悪さにオーナーがブチ切れてそれ以来、こうなっているらしい。
近所の人もそれは同情するくらい、迷惑行為が続いたそうだ。
そろそろ元に戻ったかと、ジェナは俺をここに連れてきてくれたが、オーナーの怒りは収まってなかった。
だけど、家にブルーシートを掛けて写真すら撮らせないようにしていたときよりは、少しまだましになったみたいで、離れたところからだとチラッとそれらしき家が見えた。
ここがロケ地だった事実は変わらないので、俺は記念にその辺りの写真を撮った。
自転車で子供たちがこの坂道を駆けていくシーンが思い出される。
ここをあの子供たちが通った。
それを味わうだけで充分だった。
「Goonies never say die!」
あの有名なセリフを叫ぶと、ジェナは「はっ」と驚いた顔をした。
そして、深く感銘を受けたように、俺をじっと見つめていた。
映画のセリフを覚えていてよかった。
このセリフの意味としては絶対に諦めないってニュアンスだけども、俺は『グーニーズここにあり!』とその魅力は絶対に滅びない意味で、不屈の精神を意味してみた。
ジェナも同じようにそのセリフを言う。
「Goonies never say die!」
表情がすっきりとしていた。
グーニーズの主人公になったように、お互いの気持ちが通じて、充分映画の気分を味わって楽しくなった。
俺たちは、足取り軽く元来た道を戻っていく。
遠くからまたアシカの声が聞こえてきた。
今度は俺が「アウアウ」と言ってみた。
アストリアはこじんまりとした落ち着きのある町だけど、よく考えたら身近にそんな生き物が生息していることがすごい。
ジェナがいうには、それはそれはすごい数のアシカが集まってくるらしい。
歩いてみて分かったが、グーニーズの話だと、ここにゴルフ場を建設したい事だったが、こんな小さな街に家を立ち退かせたところで、ゴルフ場なんて作れそうもない。
さすが映画の話。
実際に訪れたら、色々とストーリー破綻の齟齬が見えてくる。
それもまた面白かった。
一人で来ていたら、俺は素通りしていたに違いない。
ジェナが案内してくれたことに深く感謝していた。
気が付けば、ジェナが傍にいない。
後ろを振り返れば、ジェナはしゃがんで住宅の表庭をじっと見て「キティキティ」と呼んでいた。
どこかに猫がいるに違いない。
俺も側に寄り、ジェナの呼んでる方向を見てみたが、猫は見当たらない。
でもジェナは猫を呼ぶのを止めようとしなかった。
「どこに猫がいるんだ?」
「あそこ、窓の下の花壇のところ」
ジェナが指差した先には、白いごみ袋が置いてあるだけだった。
見ようによっては見間違えるかもしれない、ややこしい形をしていた。
俺がそれを指摘したとき、ジェナはハッとしてすぐに瞳が悲しげに曇った。
俺は笑おうと思ったが、息を止めて思い直した。
そうだった、俺は彼女のメガネを壊したんだった。
急に申し訳ない気持ちになり、どうしていいかわからない。
でもその時、隣の家の低木の茂みから太った猫が現れて、芝生の上に座って毛づくろいを始めた。
でっぷりとした腹が、ガーフィールドみたいだった。
「あれは本物の猫?」
気を取り直したジェナが聞く。
「多分」
あれだけ真ん丸だと、もしかしたら猫に似た何かかもしれないと、あやふやになってしまう。
俺たちが近づくと、その猫は体に似合わないすばしっこさで奥に駆けていった。
急に動いて心臓発作にでもならなければいいのだけど。
「触りたかったな、猫」
未練がましく逃げて行った方向をジェナは見つめていた。
「ジェナはメガネがないと、やっぱりよく見えないの?」
踏んづけてしまった俺だけど、今更ながら訊いてみた。
「まだ大丈夫。なんとか見える。でも昔は今よりも視力がよかったから、もどかしい」
俺は結構視力がいいから、自分が見えてるように見えないのがよくわからない。
「メガネないと困らない?」
「すぐには困らない。ちゃんとジャックの顔も見えるし」
ジェナの顔がまじかに迫った。
それとは反対に俺の体が逸れた。
戸惑う俺を面白そうにジェナは笑っていた。