7
並んで停めてあるお互いの車の前で、俺たちは向かい合った。
どちらも言葉なく、目で気持ちを交わしている。
これでジェナともお別れだ。
ぐっと体に力が入り、胸の奥が締め付けられた。
面と向かうと、気持ちが高ぶって目頭が熱くなってくる。
ジェナの目は、俺を見つめながら水面のように潤おっていた。
それを見ると余計に感情が揺さぶられた。
「りゅう……の……すけ」
ジェナが俺の名前を呼ぶ。
涙を堪えて、言葉がつっかえていた。
その後は感極まって話せなくなったのか、スケッチブックを俺に突き出した。
「俺に?」
ジェナはそうだと頷く。
「でもこれは、ジェナの」
「いいから、持ってて。りゅうのすけに持っててほしいの。私のスケッチブックはここにあるから」
自分の胸を押さえ、心に刻んだと言っている。
「ありがとう。大切にする」
俺はそれを受け取った。
ジェナは感極まって俺に力強くぶつかるように突進し、ありったけの力を込めてぎゅっと俺を締め付けた。
「うっ!」
思わず苦しくて声が出た。
でも嬉しかった。
俺もぐっと強く抱き寄せた。
ここでキスでもすればよかったのだろうか。
でも俺はできなかった。
俺はただのいいストレンジャーで、偶然ジェナと出会って旅行しただけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
でも俺たちはしっかりと見えないもので繋がれたと思う。
たった六日間の旅であっても、俺たちにとっては一生を左右するような時間を分け合った。
それは言葉に出さなくても、お互い感じ取っていた。
「りゅうのすけ……」
俺をひたすら見つめているジェナ。
美しい瞳に俺が映っていた。
ぐっと堪え、踏ん切りがついたところで、ジェナは俺から離れて、潔く自分の車に乗り込んだ。
運転するためにメガネをつけ、シートベルトをして、エンジンを掛けた。
俺は運転席側の隣に立って見守っていた。
ずっと放っていたが、車はどうやら動くようだ。
車の窓を全開し、身を乗り出してジェナは俺を見つめる。
「それじゃ、先に行くね」
「ああ、車の運転気をつけて」
「うん、大丈夫」
ジェナの目は、今にも涙が出てきそうにレンズの奥で赤くなっていた。
でもそれを堪えて、俺に笑顔を向けている。
別れは辛い。
でも俺たちはもう繋がった後だ。
今はインターネットもあり、海を越えても連絡を取るのは簡単だ。
またいつか会える。
絶対会える。
それを信じて「See you later! (また後で)」と俺は言った。
「You bet! (もちろんよ)」
確信を持った弾む声が返ってきた。
そしてジェナは車を走らせ、駐車場の出口へと向かった。
俺はその様子を手を振ってじっと見ていた。
車が来ていないか確認した後、ポートランド方面に向かってジェナはハイウェイに乗った。
その瞬間、クラクションを一度鳴らして、ジェナは行ってしまった。
あっという間に見えなくなった。
「行っちまった」
別れのあっけなさに、思わずため息がもれる。
全てが夢のようにも思え、現実として受け止められなかった。
寂しい気持ちに喪失感を抱きながら、車に乗りこんだ。
どうしても気持ちの整理がつかず、燃え尽きたように、座ったまま暫く放心してしまう。
隣を見れば、いつもジェナがいたのに、いまでは助手席がぽっかり穴が開いたようだ。
だが、手にはジェナのスケッチブックがあった。
もう一度、それに目を通した。
ジェナが作ったジャックの話。
俺と旅をして、一緒に見たもの。
俺の寝顔。
そして一緒に描いた海の絵。
絵はそこで終わっていたが、まだページは残っていた。
何気にぱらぱらと捲っていると、文字が書かれたページに気が付きハッとした。
ジェナは俺にメッセージを残していた。
俺は食い入るようにそれを読んだ。
『親愛なる りゅうのすけ』
初めて会ったあの日、本当は崖から飛び降りてしまおうかと衝動的になっていました。
目が見えなくなる事、ほんとは怖くて怖くてたまりませんでした。
いつもびくびくしていたのです。
特に一日の始まりの朝、目が覚めた時が一番怖いのです。
まだ目が見えると確認できるとほっとするのですが、それは一瞬の喜びにしかすぎません。
毎日毎日同じ思いをして朝を迎えるのです。
やがていつか見えない日がやってくるのです。
その時がどうしても怖い。
そんな不安に怯えるのなら、いっそ楽になりたい。
目が見えなくなる前に消えてしまいたい。
あの岬を見てると、そんな安易な事を考えてしまいました。
そこにあなたが現れたのです。
黒髪のあなたは、私が考えたジャックに似てると思いました。
あなたは無邪気に辺りを見回し、私に気が付きました。
目が合ったその時、私にはあなたがジャックに見えたのです。
そして私は賭けをしました。
あなたが、私と旅行を一緒にしてくれたら、何かが変わるかもしれない。
もしかしたら、ジャックのように助けてくれるかもしれないと思いました。
そして、あなたは本当に私を助けてくれました。
あなたはとても優しく、私の悩みにも気が付き、本気で私の事を心配してくれました。
あなたが一緒にいてくれたから、私は勇気が湧いたのです。
私はくじけません。
例え目が見えなくなっても、私は希望を捨てません。
特にあなたが言った、二つの言葉。
──Goonies never say die! (グーニーズは死ぬなんて絶対言わない)
──silver lining (シルバーライニング)
どれだけ、私を励ましてくれたことでしょう。
本当にありがとう。
くじけそうになったら、これらの言葉を叫んでりゅうのすけの事を思い出します。
あなたと一緒に見たものは私の心に全て刻まれました。
あなたに会えてよかった。
オレゴンからありったけの愛を込めて、ジェナ
スケッチブックを持つ手が震え、胸が熱くなった。
俺の方が、俺の方が、ジェナに教えられたことが一杯なのに。
ジェナがそこまで深刻に悩んでいたとは気が付かなかった。
俺よりもずっと強い人だと思っていた。
ジェナもまた弱い部分をもっていた。俺のように。
そして俺たち、お互いを引き付けあったんだ。
それぞれ欠けた部分を補った。
俺はジェナが必要だったし、ジェナも俺が必要だった。
だから俺たちは、見えないもので繋がれた。
それがあるから、これからどんなに辛くたって、一緒に『ガンバレ』だ!
俺も勇気が体に漲った。
俺はスケッチブックを助手席に置き、シートベルトを力強くカチッとはめて、エンジンを掛ける。
そして、ハイウェイを南へ走って行く。
「今日は天気が特別にいいな」
ジェナも同じことを思って走ってることだろう。
その晴れ渡った空は俺を元気つけようとしているようだった。
ほんの少し走った先にビューポイントと称された場所があった。
ハイウェイの真横が海に向かって広がり、車も結構停められる広々とした空間になっている。
いい眺めなのだろうか。
二度そこを通ったが、素通りしたので、最後に立ち寄ってみた。
車から下りた人たちがかたまって景色を見ていた。
そのうちの一人が、髭があるワイルドな風貌で、サングラスをかけ革ジャンを着ていて浮いていた。
でもしきりに何かを話している様子だった。
そして、みんなから離れるとモーターサイクルに跨って走り去ろうとする。
もしかして、あれはハーレダヴィッドソン?
俺がそこへ足を向けた時には、すでに遅く、その人はハイウェイに乗って行ってしまった。
俺はそこに集まっていた人に声を掛け、今の男性の事を尋ねれば、ジェナが教ええくれた気になる人の話と同じ事を言った。
あの人はまだ走り続けていた。
俺と同じ方面に向かってたので、おれはすぐさま後を追いかけた。
追いつけるだろうか。
なんだか胸がドキドキして、アドレナリン全開にスリルを感じた。
俺は会えることを願って、車を走らせた。
並んで停めてあるお互いの車の前で、俺たちは向かい合った。
どちらも言葉なく、目で気持ちを交わしている。
これでジェナともお別れだ。
ぐっと体に力が入り、胸の奥が締め付けられた。
面と向かうと、気持ちが高ぶって目頭が熱くなってくる。
ジェナの目は、俺を見つめながら水面のように潤おっていた。
それを見ると余計に感情が揺さぶられた。
「りゅう……の……すけ」
ジェナが俺の名前を呼ぶ。
涙を堪えて、言葉がつっかえていた。
その後は感極まって話せなくなったのか、スケッチブックを俺に突き出した。
「俺に?」
ジェナはそうだと頷く。
「でもこれは、ジェナの」
「いいから、持ってて。りゅうのすけに持っててほしいの。私のスケッチブックはここにあるから」
自分の胸を押さえ、心に刻んだと言っている。
「ありがとう。大切にする」
俺はそれを受け取った。
ジェナは感極まって俺に力強くぶつかるように突進し、ありったけの力を込めてぎゅっと俺を締め付けた。
「うっ!」
思わず苦しくて声が出た。
でも嬉しかった。
俺もぐっと強く抱き寄せた。
ここでキスでもすればよかったのだろうか。
でも俺はできなかった。
俺はただのいいストレンジャーで、偶然ジェナと出会って旅行しただけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
でも俺たちはしっかりと見えないもので繋がれたと思う。
たった六日間の旅であっても、俺たちにとっては一生を左右するような時間を分け合った。
それは言葉に出さなくても、お互い感じ取っていた。
「りゅうのすけ……」
俺をひたすら見つめているジェナ。
美しい瞳に俺が映っていた。
ぐっと堪え、踏ん切りがついたところで、ジェナは俺から離れて、潔く自分の車に乗り込んだ。
運転するためにメガネをつけ、シートベルトをして、エンジンを掛けた。
俺は運転席側の隣に立って見守っていた。
ずっと放っていたが、車はどうやら動くようだ。
車の窓を全開し、身を乗り出してジェナは俺を見つめる。
「それじゃ、先に行くね」
「ああ、車の運転気をつけて」
「うん、大丈夫」
ジェナの目は、今にも涙が出てきそうにレンズの奥で赤くなっていた。
でもそれを堪えて、俺に笑顔を向けている。
別れは辛い。
でも俺たちはもう繋がった後だ。
今はインターネットもあり、海を越えても連絡を取るのは簡単だ。
またいつか会える。
絶対会える。
それを信じて「See you later! (また後で)」と俺は言った。
「You bet! (もちろんよ)」
確信を持った弾む声が返ってきた。
そしてジェナは車を走らせ、駐車場の出口へと向かった。
俺はその様子を手を振ってじっと見ていた。
車が来ていないか確認した後、ポートランド方面に向かってジェナはハイウェイに乗った。
その瞬間、クラクションを一度鳴らして、ジェナは行ってしまった。
あっという間に見えなくなった。
「行っちまった」
別れのあっけなさに、思わずため息がもれる。
全てが夢のようにも思え、現実として受け止められなかった。
寂しい気持ちに喪失感を抱きながら、車に乗りこんだ。
どうしても気持ちの整理がつかず、燃え尽きたように、座ったまま暫く放心してしまう。
隣を見れば、いつもジェナがいたのに、いまでは助手席がぽっかり穴が開いたようだ。
だが、手にはジェナのスケッチブックがあった。
もう一度、それに目を通した。
ジェナが作ったジャックの話。
俺と旅をして、一緒に見たもの。
俺の寝顔。
そして一緒に描いた海の絵。
絵はそこで終わっていたが、まだページは残っていた。
何気にぱらぱらと捲っていると、文字が書かれたページに気が付きハッとした。
ジェナは俺にメッセージを残していた。
俺は食い入るようにそれを読んだ。
『親愛なる りゅうのすけ』
初めて会ったあの日、本当は崖から飛び降りてしまおうかと衝動的になっていました。
目が見えなくなる事、ほんとは怖くて怖くてたまりませんでした。
いつもびくびくしていたのです。
特に一日の始まりの朝、目が覚めた時が一番怖いのです。
まだ目が見えると確認できるとほっとするのですが、それは一瞬の喜びにしかすぎません。
毎日毎日同じ思いをして朝を迎えるのです。
やがていつか見えない日がやってくるのです。
その時がどうしても怖い。
そんな不安に怯えるのなら、いっそ楽になりたい。
目が見えなくなる前に消えてしまいたい。
あの岬を見てると、そんな安易な事を考えてしまいました。
そこにあなたが現れたのです。
黒髪のあなたは、私が考えたジャックに似てると思いました。
あなたは無邪気に辺りを見回し、私に気が付きました。
目が合ったその時、私にはあなたがジャックに見えたのです。
そして私は賭けをしました。
あなたが、私と旅行を一緒にしてくれたら、何かが変わるかもしれない。
もしかしたら、ジャックのように助けてくれるかもしれないと思いました。
そして、あなたは本当に私を助けてくれました。
あなたはとても優しく、私の悩みにも気が付き、本気で私の事を心配してくれました。
あなたが一緒にいてくれたから、私は勇気が湧いたのです。
私はくじけません。
例え目が見えなくなっても、私は希望を捨てません。
特にあなたが言った、二つの言葉。
──Goonies never say die! (グーニーズは死ぬなんて絶対言わない)
──silver lining (シルバーライニング)
どれだけ、私を励ましてくれたことでしょう。
本当にありがとう。
くじけそうになったら、これらの言葉を叫んでりゅうのすけの事を思い出します。
あなたと一緒に見たものは私の心に全て刻まれました。
あなたに会えてよかった。
オレゴンからありったけの愛を込めて、ジェナ
スケッチブックを持つ手が震え、胸が熱くなった。
俺の方が、俺の方が、ジェナに教えられたことが一杯なのに。
ジェナがそこまで深刻に悩んでいたとは気が付かなかった。
俺よりもずっと強い人だと思っていた。
ジェナもまた弱い部分をもっていた。俺のように。
そして俺たち、お互いを引き付けあったんだ。
それぞれ欠けた部分を補った。
俺はジェナが必要だったし、ジェナも俺が必要だった。
だから俺たちは、見えないもので繋がれた。
それがあるから、これからどんなに辛くたって、一緒に『ガンバレ』だ!
俺も勇気が体に漲った。
俺はスケッチブックを助手席に置き、シートベルトを力強くカチッとはめて、エンジンを掛ける。
そして、ハイウェイを南へ走って行く。
「今日は天気が特別にいいな」
ジェナも同じことを思って走ってることだろう。
その晴れ渡った空は俺を元気つけようとしているようだった。
ほんの少し走った先にビューポイントと称された場所があった。
ハイウェイの真横が海に向かって広がり、車も結構停められる広々とした空間になっている。
いい眺めなのだろうか。
二度そこを通ったが、素通りしたので、最後に立ち寄ってみた。
車から下りた人たちがかたまって景色を見ていた。
そのうちの一人が、髭があるワイルドな風貌で、サングラスをかけ革ジャンを着ていて浮いていた。
でもしきりに何かを話している様子だった。
そして、みんなから離れるとモーターサイクルに跨って走り去ろうとする。
もしかして、あれはハーレダヴィッドソン?
俺がそこへ足を向けた時には、すでに遅く、その人はハイウェイに乗って行ってしまった。
俺はそこに集まっていた人に声を掛け、今の男性の事を尋ねれば、ジェナが教ええくれた気になる人の話と同じ事を言った。
あの人はまだ走り続けていた。
俺と同じ方面に向かってたので、おれはすぐさま後を追いかけた。
追いつけるだろうか。
なんだか胸がドキドキして、アドレナリン全開にスリルを感じた。
俺は会えることを願って、車を走らせた。