5
ホテルの部屋を出る前、バルコニーから海を眺めた。
うっすらと靄が掛かったヘイスタック・ロックは、幻想的でまさに絵になって美しかった。
空が青く、晴れ間が広がっている。
「今日は清々しい天気ね」
ジェナが伸びをして、空を仰いでいた。
そして、あどけない瞳で俺をちらりと見た。
その瞳は空と同じくらい澄み切った輝きがあった。
この瞳が光を感じられなくなるなんて信じられないし、信じたくない。
でも俺は目を逸らさず、ジェナを見つめていた。
「さてと、いいストレンジャーさん。折角のチャンスを棒にふったご感想を」
ジェナがおどけて、握り拳しで作ったマイクを俺に向けて、インタビューのしぐさをする。
「なんだよ、それ」
「でも、私もうっかりしてた。気が付いたら朝だったもん。りゅうのすけを襲えなかったのが残念」
「何バカなことを言ってるんだ」
ジェナは寂しさをカバーしようとわざとおどけている。
「りゅうのすけ、本当にいい人」
俺の心臓辺りを指で軽く押した。
俺も同じことしてやろうと思ったが、やばいのでやめた。
俺たちは結局なんだったのだろう。
どちらもお互いを好いているのはわかってる。
だけどどちらもそれを口にしない。
ただお互いが大切で、自分たちの心に深く何かが刻まれた。
「いこうか」
俺が言った。
その部屋から見る景色はいつまでも俺たちを魅了して、名残惜しかった。
それを断ち切るように、俺たちは部屋を後にした。
ホテルを出た後は、俺たちが初めて出会った場所へと向かった。
これが最後のジェナとのドライブ。
そのドライブも、10分程で終わってしまった。
ジェナの車はなんとか無事にそこの駐車場にあった。
その隣に俺は車を停める。
ジェナは先に荷物を自分の車のトランクに積んだ。
全て積み終わった後、ポンとトランクを閉めた音が、寂しく俺の胸に響く。
片付いたと俺を見たジェナの小脇には、スケッチブックが挟まっていた。
ジェナはニッコリと笑う。
「さあ、行きましょう」
俺たちは、岬に向かって歩き出した。
初めて立ち寄った時と違って、木漏れ日が揺らめき、明暗くっきりと生き生きしていた。
鳥のさえずり、小川のせせらぎに耳を澄まし、俺は深呼吸をする。
そして再び眩しい光がそこに現れた時、海と空の鮮やかな青が目の前に広がった。
まるで別世界の扉が開いたように目を見張る景色だった。
何かが起こる。
そんな予感を感じて、俺たちは岬へと坂を上って行った。
「クジラ見られるだろうか」
俺は呟く。
クジラを見るのは難しいとわかっていた。
調べれば、クジラを見るチャンスは一年中あるらしいが、かなり稀な出現で、年の暮れの冬と三月下旬の春が一番見られる確率が高くなるとあった。
それでも俺はジェナとクジラを見たかった。
いないのなら、俺たちが作り出せばいい。
だから、あの岬に着いた時、俺はジェナからスケッチブックを受け取り、そこに俺たちだけにしか見えないクジラを描いた。
「りゅうのすけ、絵が描けるの?」
俺が鉛筆を手にして線を描くと、ジェナは期待して見ていた。
しかし、その後すぐに「えっ?」と声が漏れ、苦笑いになっていた。
真っ直ぐ引いた直線の上に、丸いお山と三角の尻尾を描いて、安易に潮を吹かせた子供が描くような絵を描いた。
「絵は上手くないけど、一応クジラに見えるだろう」
「ちょっと貸して」
我慢できなくなったジェナは鉛筆を手にして、俺の描いた絵につけたした。
空の上にクジラの雲を描いている。
俺のクジラよりも上手い。当たり前か。
「海にもいて、空にもいるの」
その後また鉛筆を奪い、俺も対抗して小さなクジラを付け足した。
「どうだ、親子だ」
そうやってどんどんイメージが膨らみ、思いつく限りのものを描き足していった。
俺が空を飛ぶカモメ(数字の3を横にしたようなもの)を描いたら、ジェナは日本の戦闘機『隼』や、UFO、海賊船とサラサラっとデフォルメに描いていく。
「上手いな、ジェナ」
「ほら、りゅうのすけも描いて」
「何を描けばいい?」
「じゃあ、エルク!」
とりあえず挑戦してみたが、訳の分からない動物になってしまった。
でも、ごちゃごちゃと寄せ集めて描いた絵の中に混じると、中々味のあるものに見えた。
そうやって、紙一杯に絵が埋まり、それを海にかざした。
「俺たちのクジラ! 俺たちの海! 俺たちのオレゴン!」
その時、ジェナが大げさに歓喜し騒ぎだし、指を差して叫んだ。
これはアレだ。
UFOの時に俺が騙そうとして、反対に騙されたトリックだ。
おれは騙されないぞと頑なに見なかった。
ホテルの部屋を出る前、バルコニーから海を眺めた。
うっすらと靄が掛かったヘイスタック・ロックは、幻想的でまさに絵になって美しかった。
空が青く、晴れ間が広がっている。
「今日は清々しい天気ね」
ジェナが伸びをして、空を仰いでいた。
そして、あどけない瞳で俺をちらりと見た。
その瞳は空と同じくらい澄み切った輝きがあった。
この瞳が光を感じられなくなるなんて信じられないし、信じたくない。
でも俺は目を逸らさず、ジェナを見つめていた。
「さてと、いいストレンジャーさん。折角のチャンスを棒にふったご感想を」
ジェナがおどけて、握り拳しで作ったマイクを俺に向けて、インタビューのしぐさをする。
「なんだよ、それ」
「でも、私もうっかりしてた。気が付いたら朝だったもん。りゅうのすけを襲えなかったのが残念」
「何バカなことを言ってるんだ」
ジェナは寂しさをカバーしようとわざとおどけている。
「りゅうのすけ、本当にいい人」
俺の心臓辺りを指で軽く押した。
俺も同じことしてやろうと思ったが、やばいのでやめた。
俺たちは結局なんだったのだろう。
どちらもお互いを好いているのはわかってる。
だけどどちらもそれを口にしない。
ただお互いが大切で、自分たちの心に深く何かが刻まれた。
「いこうか」
俺が言った。
その部屋から見る景色はいつまでも俺たちを魅了して、名残惜しかった。
それを断ち切るように、俺たちは部屋を後にした。
ホテルを出た後は、俺たちが初めて出会った場所へと向かった。
これが最後のジェナとのドライブ。
そのドライブも、10分程で終わってしまった。
ジェナの車はなんとか無事にそこの駐車場にあった。
その隣に俺は車を停める。
ジェナは先に荷物を自分の車のトランクに積んだ。
全て積み終わった後、ポンとトランクを閉めた音が、寂しく俺の胸に響く。
片付いたと俺を見たジェナの小脇には、スケッチブックが挟まっていた。
ジェナはニッコリと笑う。
「さあ、行きましょう」
俺たちは、岬に向かって歩き出した。
初めて立ち寄った時と違って、木漏れ日が揺らめき、明暗くっきりと生き生きしていた。
鳥のさえずり、小川のせせらぎに耳を澄まし、俺は深呼吸をする。
そして再び眩しい光がそこに現れた時、海と空の鮮やかな青が目の前に広がった。
まるで別世界の扉が開いたように目を見張る景色だった。
何かが起こる。
そんな予感を感じて、俺たちは岬へと坂を上って行った。
「クジラ見られるだろうか」
俺は呟く。
クジラを見るのは難しいとわかっていた。
調べれば、クジラを見るチャンスは一年中あるらしいが、かなり稀な出現で、年の暮れの冬と三月下旬の春が一番見られる確率が高くなるとあった。
それでも俺はジェナとクジラを見たかった。
いないのなら、俺たちが作り出せばいい。
だから、あの岬に着いた時、俺はジェナからスケッチブックを受け取り、そこに俺たちだけにしか見えないクジラを描いた。
「りゅうのすけ、絵が描けるの?」
俺が鉛筆を手にして線を描くと、ジェナは期待して見ていた。
しかし、その後すぐに「えっ?」と声が漏れ、苦笑いになっていた。
真っ直ぐ引いた直線の上に、丸いお山と三角の尻尾を描いて、安易に潮を吹かせた子供が描くような絵を描いた。
「絵は上手くないけど、一応クジラに見えるだろう」
「ちょっと貸して」
我慢できなくなったジェナは鉛筆を手にして、俺の描いた絵につけたした。
空の上にクジラの雲を描いている。
俺のクジラよりも上手い。当たり前か。
「海にもいて、空にもいるの」
その後また鉛筆を奪い、俺も対抗して小さなクジラを付け足した。
「どうだ、親子だ」
そうやってどんどんイメージが膨らみ、思いつく限りのものを描き足していった。
俺が空を飛ぶカモメ(数字の3を横にしたようなもの)を描いたら、ジェナは日本の戦闘機『隼』や、UFO、海賊船とサラサラっとデフォルメに描いていく。
「上手いな、ジェナ」
「ほら、りゅうのすけも描いて」
「何を描けばいい?」
「じゃあ、エルク!」
とりあえず挑戦してみたが、訳の分からない動物になってしまった。
でも、ごちゃごちゃと寄せ集めて描いた絵の中に混じると、中々味のあるものに見えた。
そうやって、紙一杯に絵が埋まり、それを海にかざした。
「俺たちのクジラ! 俺たちの海! 俺たちのオレゴン!」
その時、ジェナが大げさに歓喜し騒ぎだし、指を差して叫んだ。
これはアレだ。
UFOの時に俺が騙そうとして、反対に騙されたトリックだ。
おれは騙されないぞと頑なに見なかった。