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俺が勢いで抱きしめたせいで、ジェナは一瞬体を強張らせた。
でもその後すぐ、力が抜けたのが感じた。
俺が抱きしめるままにジェナは大人しくするだけで、彼女は俺を抱きしめ返さなかった。
俺が落ち着くのを見極めて、冷静な声で優しく俺に囁いた。
「はい、もう終わり。いいストレンジャーさん」
俺はその言葉で、ジェナを解放せざるを得なかった。
俺から解き放されたジェナは、自分のベッドの縁にゆっくりと腰掛ける。
俺は持って行きようのない感情に歯を食いしばり、しばらく体を強張らせたまま馬鹿みたいに突っ立っていた。
感情が高ぶった俺の気持ちは行き場なく、むき出したままその場に留まっていた。
「りゅうのすけ、とにかくそこに座って」
小さな子をなだめるような声でジェナは言った。
俺はまさに駄々をこねる子供みたいに、俯いたままふてくされてベッドに腰掛けた。
俺が感情を害したところでどうなるわけでもないのに、俺はただ真実を知って苦しくて、何もできない自分が苛立たしかった。
「何もりゅうのすけが怒ることじゃないんだよ。ほんとはずっと黙っていたかったのに、気が付くなんて、勘がいいんだね」
俺は顔をあげジェナを見つめた。
彼女は何事もなかったように微笑んでいた。
それが余計にやるせなかった。
「……治らないのか?」
俺が訊けば、ジェナは息をふぅっと吐き、言いたくなさそうだった。
それをゆっくりと発音した。
「Retinitis pigmentosa」
全然聞いた事がない単語。
英語の発音が難しく聞こえ、それだけで難しい病気に思えた。
後でわかったことだが、『網膜色素変性症』というらしい。
「どんな目の病気なんだ?」
「遺伝性の病気なの。簡単に言うと、徐々に視野が狭くなって、視力が弱まるの。全く目が見えなくなるわけでもないそうだけど、症状は人さまざま。でも、治療法がないので発病したら、なす術もなく視力はなくなっていく」
「そんな」
「だけど、病気の進行はとてもゆっくりなの。中学生になった頃、その事実を知って、かなり悲観的になって、すぐに目が見えなくなるって思い込んだの。だから、時間がないと思って、自由に学べるホームスクールを選んだ。両親はできるだけ私に何でも見せようとできる限りの事をしてくれた。沢山本も読んだし、映画も観たし、キャ ンプして山登りもした。思ったほどすぐには進行しなかったので、そのうち病気の事と向き合えるようになってきた。今はなんとか進行を遅らせようと、光に気をつけたり、薬やビタミン剤飲んだりしてる。気休めに過ぎないかもしれないけど」
「今はどんな感じなんだ」
「暗いと、少し見えにくくなってきたかなって思う程度。でも、普通の人でも暗かったら見えないでしょ。だからまだそんなに支障はきたしてない……と自分で思ってるんだけど」
「でも、いつ酷くなるかわからないことに怯え、それで時々不安になってしまうんじゃないのか」
「うん、その通り。覚悟はできてるっていっても、やっぱり目が見えなくなるのは辛いからね。もし大学に通ってる時にそうなったらって思うと、怖くて」
「だから、見える時に見たいものが見たかった」
「そう、今回の旅行も、ずっと前から計画してて、両親には話してあったの。いつか車の運転ができなくなるから、できるうちに一人で旅行がしてみたいって」
「それで俺と出会った」
「あまりにも偶然だったから、それが返ってそう仕向けられたのかもって思って、きっと何か意味があるんだって強く感じたの」
俺にとっても、とても意味のあることだった。
俺の方が、ジェナと出会わなければならなかったのかもしれない。
「りゅうのすけ、わがまま言って、付き合わせてごめんね」
「ジェナはわがままじゃなかった。ジェナのお蔭で、お蔭で……」
俺の方が色んなこと、いっぱい知って、いっぱい気が付いた。
「あー、楽しかった。こんな楽しい旅、もう二度と味わえないだろうな。りゅうのすけだったから、こんなに楽しかった」
「俺だって、俺だって」
色々と言いたい事がある。
でも言葉にならなくて、英語だから余計に自分の考えが上手く英語にできなくて、気持ちだけが先走ってもどかしい。
ジャックと呼ばれなくなった事も寂しくて、ジェナと別れてしまう事が悲しくて、ジェナを助けてあげられない事が悔しくて、何を言っていいのかわからない自分自身が腹立たしくて、もう感情がぐちゃぐちゃで入り乱れてしまった。
ジェナの顔を見るのも辛く、ベッドの縁に座っていじけるように俯いていた。
「りゅうのすけ、もう寝よう」
ジェナは自分のベッドにもぐりこむ。
自分側のスタンドの明かりを消し、俺に背中を向けて横たわった。
仕方なく、俺もベッドにもぐり、もう片方のスタンドの明かりを消そうとしたとき、ジェナが声を押し殺して震えているのが見えた。
ジェナは必死に耐えていた。
自分の病気のこと。俺との別れ。この先の不安。
ジェナも感情が高ぶっているのだろう。
俺がジェナに寄り添ったことで、箍がはずれたように。
そんな時になんて声が掛けられよう。
言葉よりも、体の方が先に反応してジェナを抱きしめたい衝動に駆られてしまった。
そんな事をすれば、この先もっと辛くなりそうで、俺は見なかったように、明かりを消した。
すっかり目が覚めてしまった俺は、暫くあおむけで天井を仰いだ。
俺が勢いで抱きしめたせいで、ジェナは一瞬体を強張らせた。
でもその後すぐ、力が抜けたのが感じた。
俺が抱きしめるままにジェナは大人しくするだけで、彼女は俺を抱きしめ返さなかった。
俺が落ち着くのを見極めて、冷静な声で優しく俺に囁いた。
「はい、もう終わり。いいストレンジャーさん」
俺はその言葉で、ジェナを解放せざるを得なかった。
俺から解き放されたジェナは、自分のベッドの縁にゆっくりと腰掛ける。
俺は持って行きようのない感情に歯を食いしばり、しばらく体を強張らせたまま馬鹿みたいに突っ立っていた。
感情が高ぶった俺の気持ちは行き場なく、むき出したままその場に留まっていた。
「りゅうのすけ、とにかくそこに座って」
小さな子をなだめるような声でジェナは言った。
俺はまさに駄々をこねる子供みたいに、俯いたままふてくされてベッドに腰掛けた。
俺が感情を害したところでどうなるわけでもないのに、俺はただ真実を知って苦しくて、何もできない自分が苛立たしかった。
「何もりゅうのすけが怒ることじゃないんだよ。ほんとはずっと黙っていたかったのに、気が付くなんて、勘がいいんだね」
俺は顔をあげジェナを見つめた。
彼女は何事もなかったように微笑んでいた。
それが余計にやるせなかった。
「……治らないのか?」
俺が訊けば、ジェナは息をふぅっと吐き、言いたくなさそうだった。
それをゆっくりと発音した。
「Retinitis pigmentosa」
全然聞いた事がない単語。
英語の発音が難しく聞こえ、それだけで難しい病気に思えた。
後でわかったことだが、『網膜色素変性症』というらしい。
「どんな目の病気なんだ?」
「遺伝性の病気なの。簡単に言うと、徐々に視野が狭くなって、視力が弱まるの。全く目が見えなくなるわけでもないそうだけど、症状は人さまざま。でも、治療法がないので発病したら、なす術もなく視力はなくなっていく」
「そんな」
「だけど、病気の進行はとてもゆっくりなの。中学生になった頃、その事実を知って、かなり悲観的になって、すぐに目が見えなくなるって思い込んだの。だから、時間がないと思って、自由に学べるホームスクールを選んだ。両親はできるだけ私に何でも見せようとできる限りの事をしてくれた。沢山本も読んだし、映画も観たし、キャ ンプして山登りもした。思ったほどすぐには進行しなかったので、そのうち病気の事と向き合えるようになってきた。今はなんとか進行を遅らせようと、光に気をつけたり、薬やビタミン剤飲んだりしてる。気休めに過ぎないかもしれないけど」
「今はどんな感じなんだ」
「暗いと、少し見えにくくなってきたかなって思う程度。でも、普通の人でも暗かったら見えないでしょ。だからまだそんなに支障はきたしてない……と自分で思ってるんだけど」
「でも、いつ酷くなるかわからないことに怯え、それで時々不安になってしまうんじゃないのか」
「うん、その通り。覚悟はできてるっていっても、やっぱり目が見えなくなるのは辛いからね。もし大学に通ってる時にそうなったらって思うと、怖くて」
「だから、見える時に見たいものが見たかった」
「そう、今回の旅行も、ずっと前から計画してて、両親には話してあったの。いつか車の運転ができなくなるから、できるうちに一人で旅行がしてみたいって」
「それで俺と出会った」
「あまりにも偶然だったから、それが返ってそう仕向けられたのかもって思って、きっと何か意味があるんだって強く感じたの」
俺にとっても、とても意味のあることだった。
俺の方が、ジェナと出会わなければならなかったのかもしれない。
「りゅうのすけ、わがまま言って、付き合わせてごめんね」
「ジェナはわがままじゃなかった。ジェナのお蔭で、お蔭で……」
俺の方が色んなこと、いっぱい知って、いっぱい気が付いた。
「あー、楽しかった。こんな楽しい旅、もう二度と味わえないだろうな。りゅうのすけだったから、こんなに楽しかった」
「俺だって、俺だって」
色々と言いたい事がある。
でも言葉にならなくて、英語だから余計に自分の考えが上手く英語にできなくて、気持ちだけが先走ってもどかしい。
ジャックと呼ばれなくなった事も寂しくて、ジェナと別れてしまう事が悲しくて、ジェナを助けてあげられない事が悔しくて、何を言っていいのかわからない自分自身が腹立たしくて、もう感情がぐちゃぐちゃで入り乱れてしまった。
ジェナの顔を見るのも辛く、ベッドの縁に座っていじけるように俯いていた。
「りゅうのすけ、もう寝よう」
ジェナは自分のベッドにもぐりこむ。
自分側のスタンドの明かりを消し、俺に背中を向けて横たわった。
仕方なく、俺もベッドにもぐり、もう片方のスタンドの明かりを消そうとしたとき、ジェナが声を押し殺して震えているのが見えた。
ジェナは必死に耐えていた。
自分の病気のこと。俺との別れ。この先の不安。
ジェナも感情が高ぶっているのだろう。
俺がジェナに寄り添ったことで、箍がはずれたように。
そんな時になんて声が掛けられよう。
言葉よりも、体の方が先に反応してジェナを抱きしめたい衝動に駆られてしまった。
そんな事をすれば、この先もっと辛くなりそうで、俺は見なかったように、明かりを消した。
すっかり目が覚めてしまった俺は、暫くあおむけで天井を仰いだ。