【ジェナのナレーション】


 その女の子は海を見るのが好きでした。

 波の音をきき、冷たい潮風をほほに受け、いつも海の向こうを一人で見ていました。

 それが女の子の唯一の楽しみだったからです。

 ある日、不思議に思った人が女の子に訊きました。

「そこで何をしてるんだい?」

 女の子は答えます。

「海を見てるの」

 でも訊いた人は首を傾げます。

「海を見てる? なぜ?」

「私、ここでクジラを見たの! だからクジラを探してるの」

 女の子は、高揚して大きな声でいいました。

 でもその人は信じてくれません。

 そして笑うのです。

「クジラなんていない。クジラなんて見えない」

 そうして馬鹿にして去っていきました。

 また次の日も女の子が海を見ていると、違う誰かが現れて、同じことを訊きました。

「何をしてるんだ?」

 やっぱり女の子は同じことを言います。

「海を見てるの。クジラを探してるの」

 だけどその人も馬鹿にして笑いました。

 でも女の子は頑なにここでクジラを見たと言い切ります。

「そんなバカな! もしここにクジラがいても、お前には見えるわけがないじゃないか。目が見えないんだから」

 そういって去って行きました。

 女の子は悲しくなりました。

 クジラを見たと言っても、目が見えないから誰も信じてくれないのです。

 でも女の子には本当にクジラが見えたのです。

 例え、目が見えなくとも、海の向こうにクジラが顔を出して泳いでいたのを見たのです。

 女の子にも、なぜクジラが見えたのかわかりませんでした。

 普段は何も見えないからです。

 でも岬に立っていると、本当に海も空もクジラも見えたのです。

 それから毎日岬に通いました。

 岬にくるとなぜか全てが見えるのです。

 だけど、そこを離れるとまた何も見えなくなります。

 女の子は岬で過ごす事が多くなり、目で見えるものを、持ってきたスケッチブックに描き留めます。

 いつもいつも同じ景色ばかり描いていました。


 ある日のこと、頭上から声がしました。

「今日もまた同じだ。いつも同じ絵ばかり描いてる」

 女の子はびっくりして見上げました。

 そこには黒髪の男の子が宙に浮かんでいました。

「あなた誰? なぜ空を飛べるの?」

 女の子が男の子に声を掛けました。

 今度は男の子がびっくりしました。

「えっ、僕が見えるの?」

「ええ、見えるわ」

 二人はお互いを見つめ合いました。

 でも女の子の目は開いていません。

 でも見えるといいます。

 男の子は不思議で仕方がありません。

 今まで人間に、自分の姿を見られたことがなかったのです。

 男の子は人間の目には見えない精霊なのです。

 それなのに、目の見えない人間の女の子から見えると言われて信じられません。

 男の子は女の子の周りを飛び回りました。

 女の子は男の子の動きを追って、同じようにくるくると回り始めました。

「目がまわっちゃう」

 女の子はバランスを崩して地面に倒れてしまいました。

「いたい」

「大丈夫かい」

 女の子の手のひらが擦りむけ、少しだけ血が出てしまいました。

 男の子はそれを見て慌てました。

 すぐさまそこを飛び去り、手当するために薬草を取りに行きました。

 女の子はその時、とても不安になりました。

「待って、どこに行ったの?」

 男の子の姿が見えなくなりました。

 その時、男の子がいなくなったと思いました。

 それと同時にさっきまで見えていた全てが消えてしまったのです。

 でも耳を澄ませば波の音が聞こえます。

 海は消えてなんかいません。

 そこにあるのです。

 女の子の目が見えなくなっただけなのです。

 唯一の希望を失くしたように、呆然としました。

 そこへまた男の子が戻ってきて、女の子の手に薬草を塗りました。

「大丈夫かい」

 女の子は自分を心配してくれている男の子の顔が見えました。

 海も空も全てまた見えるようになりました。

 女の子はその時気が付きました。

 この男の子が傍に居る時だけ、全てが見えることに。

 男の子が傍から離れると、またいつもの目の見えない女の子になってしまう事を。

 女の子はその男の子に頼みます。

「どうか私の側にいて下さい。あなたがいてくれると私は目が見えるようになるの」

 男の子は驚きました。

 でも女の子の力になりたいと思いました。

「そしたら、僕に名前を付けて。そうすると僕は君の側からずっと離れられなくなるから」

 女の子は迷うことなく男の子に名前をつけました。

「ジャック! あなたはジャックよ」

 なぜその名前を付けたのか、女の子はわかりません。

 でもジャックという名前がすぐに浮かんだのです。

 それがその男の子にぴったりの名前だと思いました。

 男の子も自分がジャックと呼ばれるのを気にいりました。

 男の子の名前は、人間の言葉では長くて発音しにくかったからです。

「これから僕は君の側にいる。僕はもう君から離れない」

 女の子は喜びました。

 これでずっと目が見えるのです。

 悲しい思いをすることはなくなったのです。

 女の子はいつまでもジャックの側にいて、見たいもの全てを見る事ができるのです。

 それで女の子は色んな物が見たくて、ジャックと共に旅に出かけました。