リーズナブルなレストランで、俺たちは食事をしたまでは普通だった。

 楽しかった旅を振り返り、思い出を語っていた。

 お互い感謝の気持ちを伝え、連絡先を交換し、連絡を取り合う約束をしていた。

 敢えて、見苦しい事はなかった事になって、お互いその話は避けていた。

 これで本当にいいのか、俺はどうしてもすっきりしなかったが、今更どうすることもできず、ジェナが別れを受け入れている以上、これでいいと思うしかなかった。

 ここまでは、なんとかいつもの二人でいられた。


 だが、ホテルに戻って同じ部屋に入った時、俺たちは意識をし過ぎてぎくしゃくしてしまった。

 部屋にはベッドが二つ。

 窓際に近いベッドはジェナに譲った。

 俺はバスルームと隔てた壁側のベッドに寝転び、スマホをいじっていた。

 できるだけ平常通りにしていたつもりだが、どちらも何も話さない静かな部屋では、息するのも難しく思えた。

 隣を気にしないようにと思うも、余計にぎこちなくなり、終いにはジェナに背中を向け横向きになった。

 それがわざとらしい態度だというのに──

「そんなに緊張しなくていいよ」

 ジェナがクスッと笑った。

「いや、そんなんじゃないよ」

 ごまかしたところで、バレバレだ。

「最後の夜だね」

 俺のベッドの端っこが沈む。

 ジェナが俺のベッドに腰掛けていた。

 ドキッとしながら、何事もないように背中を向けたまま「ああ」と返事した。

「ジャック、こっち見て」

「ん?」

 重くならないように、とぼけたふりして軽く答えた。

「ジャック」

 ジェナは俺の上に覆いかぶさってきた。

「おいっ!」

 慌てて体を起こすも、ジェナは俺にしがみつく。

「ジャック、私、別にいいんだよ」

「いや、それは」

 ジェナが自分の服に手をかけ脱ごうとする。

「ジェナ、ストップ!」

「どうして止めるの」

「俺は、ストレンジャーだけど、最後までいいストレンジャーでいたい」

「いいストレンジャー?」

「そうだ。いいストレンジャーだ。これ以上、俺が悪いストレンジャーになる前に、そこを下りてくれ」

 ジェナは溜息を一つ吐き、諦めて俺のベッドから下りた。

 そして自分のベッドの縁に腰掛け、押し寄せる感情を拭い去ろうとじっと目を瞑っていた。

 目が開いた時、俺を見て鼻で笑って意地悪く言った。

「後悔するよ」

「例え後悔してもだ」

「真面目で誠実で優しいんだね」

「俺はそんなんじゃない。ただの気ままな奴さ」

「だけど、残念だな。男の人の裸、生で見たかったな」

「ええ!」

「ジャックが寝てる時、襲っちゃう」

「冗談はやめろ」

 ジェナは笑っていた。

 だが、突然すくっと立ったので、俺は一瞬びくっとしたが、その後、手荷物を持ってバスルームに篭った。

 暫くしてから、シャワーを出す音が部屋いっぱいに広がり、うるさいけれども、この時はそれが必要だったように、少しだけ息がつけた。

 ジェナがバスルームから出てきた後は、今度は俺がバスルームに篭った。

 ジェナと同じ部屋にいる事がいけない事のようで、もしまたジェナが俺に覆いかぶさり、雰囲気を作られたら俺はそこで流される予感がする。

 できるだけゆっくり風呂に入る事にした。

 俺が風呂から出た時は、ジェナはすでにベッドに入り、休んでいた。

 少しほっとし、少しがっかりし、少し寂しかった。

 最後とわかっていても、だから何をすべきかもわからない。

 またもやもやしては、自分が何をしたいのか、何を期待しているのか、わかってるようでわかったらいけない、ただ、とても切なく胸が締め付けられた。

 早く寝たら楽になる。

 俺もベッドに入り、スタンドの電気を消した。

 なかなか寝付けないと思っていたが、知らずと夢を見ていたように思う。

 夢を見たという事は寝ていたのだろう。

 それは夜更けの、朝にはまだ遠い時間帯。

 でも眠りは浅かった。

 静かな部屋でカサカサと音がする。

 空気の乱れを感じぼんやりと目を開けると、ジェナ側のスタンドの明かりがついていた。

 ジェナの姿が見える。

 自分のベッドの上に腰掛け、俯き加減にごそごそと手で何かを触っていた。

 何かが違う。

 そこにあるのが不思議なものだ。

 確か、俺はアレを……壊した?

 意識がはっきりとしたその時、ジェナがメガネを掛けて、俺の財布を手にしているのが見えた。