再びハイウェイ101号線に乗り、北へと向かう。

 ここまで、スムーズに事が運んできたが、ティラモックを出た直後、渋滞に巻き込まれてしまった。

「こんな道で渋滞するなんて、事故があったのかもしれない」

 ジェナは窓から顔を出し前を見ようとするが、まだここからは何が起こったかわからなかった。

 車は止まったり、ノロノロと進んだり、なかなか普通に走れない。

 暫くしたのち、ちかちかするような、警察の車の上にある回転灯──とアメリカもいうのかな──が派手に光ってるのが見えた。

「やっぱり事故だったんだ」

 ジェナは心配そうに辺りを窺う。

 そういう現場に出くわしてしまうと、俺も不安になってしまう。

 徐々に近づき、事故現場が見えてきた。

 車が二台、どちらも派手にぶつかって前や横あたりがつぶれていた。

「うわぁ」

 思わず声が漏れてしまった。

「事故の状態深刻なのかな」

 ジェナが心配そうに目を凝らしていた。

「深刻なけが人は出てなさそう。実況見分に時間がかかってるのかも。それにしても派手にぶつけたな」

 道がふさがれて、中々そこを抜けられないとはいえ、その事故の側を通るドライバーたちはその様子をじっくり見てから、それを通り過ぎる。

 余計に渋滞の時間が長くなるわけだ。

 その場所を過ぎたとたん、何事もなかったように車はすぐさま普通に走り出した。

 事故に巻き込まれた渋滞のせいで、予定していた時間を食ってしまい、キャノンビーチに着いた時は夕方の時刻近くになってしまった。

 日は明るかったが、キャノンビーチを観光した後だと夜になってしまう。

 ジェナの車は、途中で、変わりなくあの場所に駐車されてるのを確認したが、ジェナも迎えを呼んだところで帰る頃には暗くなってしまうだろう。

 俺もこの状態ではどこかで宿を取らなければならない。

 ジェナもそれをわかってたのか何かを言いたげに、俺を見つめた。

 おれは察して先に訊いた。

「俺、ここでもう一泊してから、カリフォルニアに戻る。ジェナはどうする?」

「私も、もう一泊する」

 俺たちは、今日泊まれる宿をスマホで探した。

 部屋に空きがあってもリゾート風の観光地とあって、どこのホテルも高い。

 それを見ていたジェナは俺に言った。

「ねぇ、これで最後だし、一部屋を二人で分けよう」

「えっ、でも」

「大丈夫。私は気にしない」

「でも、やっぱりまずいよ」

「ジャックは自分が信じられない?」

「えっ?」

「私はジャックを信じてる」

 信じてるとか言われると、余計にいらぬことを意識してしまう。

 意気地なしな俺は、それでも返事ができない。

「ジャック、お願い。私と一緒に最後の夜を過ごして欲しい」

 ジェナの方からお願いされてしまった。

 これでジェナと一緒にいるのが最後なんだ。

 真っ直ぐにジェナに見つめられ、ジェナの懇願する瞳に誘導されて俺は首を縦に振った。


 どうせここで泊まるなら、条件がいいホテルを選ぶことになり、ヘイスタック・ロックが一望できるビーチの近くのホテルに俺たちは泊まる事にした。

 最後の夜ならば、少し贅沢してもいい。

 俺たちがそこに行って、部屋に入った時、このホテルを選んでよかったと、納得できるくらい、その窓から眺める海の景色に感動した。

 まだ日が明るいうちに、俺たちは海岸へと繰り出した。

 海岸は流木が多く流れ着いていた。

 カモメが至るところにいて、人間の様子を横向いたまま窺っている。

 すぐ近くを横切って飛んでいくのもいて、俺は首をすくめた。

 ここのカモメは人間に慣れているようだ。

 離れた場所で誰かが餌を投げ出すと、一斉にカモメたちはそっちへ飛んで行った。

 あれだけ集まると、ヒッチコック映画の『鳥』を思い出した。

 俺たちは、砂の上を歩き、波の引き寄せを追いかけたり逃げたりしていた。

 波が寄せては返し、ザーっという波の音も大きくなったり小さくなったりしている。

 ジェナが調子に乗って波の引き際のとき、海に近寄り過ぎて、波が迫って来たら、慌てて走って逃げていた。

 勢いついて俺に向かって突進してきた。

 俺はそれを受け止める。

 ジェナは笑っていたが、俺は胸が少し苦しかった。

「この海岸で、車のレースがあったんだよね」

 ジェナが言う。

「車のレース?」

「ほら、グーニーズのシーン」

「ああ、そうだった」

 ここも映画の撮影現場になったところだった。

 俺たちは並んでヘイスタック・ロックの近くをめざしていた。

 近づくと結構大きい。

 遠くから、海と海岸を含めたヘイスタック・ロックの雄大な景色を見るのも美しいが、まじかで見るヘイスタック・ロックは玄武岩の一枚岩で自然の姿そのままに、ごつごつとして神秘的だった。

 日本だったらここは一線を画した何かとしてしめ縄が飾られそうだ。

 しめ縄を飾っても絵にはなりそう。

 そんな事を想像していると、ジェナは俺に質問してきた。

「ねぇ、ジャック、なぜこの海岸がキャノンビーチって名前なのか知ってる?」

 俺は首を振る。

「アメリカ海軍の船が難破して、その時に積んでいた大砲がこの海岸に漂着したのが由来なの」

「大砲がここに流れ着いたのか」

「それはかなり昔の話だけど、今も流れ着くものがある。昨年の暮れには船が漂着した」

「船?」

「日本の船だった」

「あっ」

 やっと俺は気が付いた。

「それは震災の津波のときの……」

「そう。流れ着いたとき、それを見に来た人が一杯いた。ぎっしりと貝がついてて、幽霊船みたいっていう人もいた」

 オレゴンの海岸だけじゃなく、太平洋に面している海岸に多数の震災漂流物が流れついている。

 大震災があった時は俺が高校生のときだった。

 映像を見た時は衝撃を受けたけど、自分が子供過ぎたし、災害地から離れて実感が湧かなかったせいで、次第に感覚が薄れて行った。

 自分が当事者だったらそんな簡単に片付くことはなかっただろう。

「それでその船はどうしたの?」

「私もよくわからないけど、漂流物は色々と調査してから処分されるんじゃないかな」

「まだこれからも何かが流れ着くんだろうか」

「ないとは言い切れないと思う」

 太陽が沈んでいく地平線を俺たちは、もの悲しく見ていた。

 空がオレンジ色になると、岩も、歩いてる人々も、空を飛んでるカモメも、全て切り絵にしたような黒い影となった。

 サンセットは自然が作り出した芸術のように美しかった。

 自然は美しいだけなく、容赦しない残酷さも持っている。

 どちらの面も俺は今、同時に見ているような気がした。