「マックミンヴィルまではもうすぐだけど、このニューバーグっていう街には、ワイナリーの他に、一つだけ有名観光名所があるんだ」

 ジェナが言った。

「何があるの?」

「ハーバード・フーバーって知ってる?」

「知らない。有名な人なの?」

「アメリカでは有名というのか、一応学校で習うと思う。第31代大統領」

 自国の総理大臣の事も遡ったら良くわからないのに、アメリカの大統領の事は尚更わかるわけがない。

 まあ、昔の有名どころだったら、ワシントン、リンカーン、ルーズベルト、ケネディ。

 近年だったら、ブッシュ、クリントン、オバマ、そしてトランプくらいなら知ってるけど。

「で、その大統領は何をしたの?」

「戦後、マッカーサーに会いに日本にも行った事あるらしよ。歴代大統領には尊敬されてたみたいだけど、当時の国民には人気なかったみたい。だけど、私も説明できるほどそんなに知らないんだ。ただ、フーバーが11歳の時にこのニューバーグに引っ越して来て、その一時住んでた家がまだここにあるの」

「ああ、そういう事か」

「そこに越してきた時、ナシを初めて見たらしく、珍しくて美味しかったからナシばかり食べてたらお腹壊して、それからナシを食べなくなったんだって」

「庭にナシの木が生えてたの?」

「多分そうなんじゃないかな。庭は草木が茂って、家庭栽培とかできそうな広さ。トイレが外に設置されてて、その庭の端にあるから、ナシ食べた後はそこに篭ってたんだろうね」

「まだそのトイレもあるの?」

「部屋の装飾品も家具も含めて全部残ってるよ。かわいいビクトリア調の白い家で、保存状態もいい。今はフーバー・ミンソーン邸って呼ばれて、博物館になってる」

「たくさんアメリカ人が訪れるの?」

「それが、なぜかオランダ人が多いらしい」

「なんで?」

「なんでも、第一次世界大戦の時、フーバーは食糧難だったオランダを助けた命の恩人だとかで、オランダでは崇められてるんだって」

「へぇ、それでオランダ人がわざわざ見に来るんだ。すごいな」

「ほんとすごいと思う。ワインとそれ以外何もないようなところに…… あっ!」

「どうしたの?」

「あった」

「何が?」

「ニューバーグには全米でもトップレベルなレストランがある」

「そうなの?」

「うん、フレンチコース料理だけど、確かシェフのお兄さんが日本に住んでたことがあって、それで日本料理のこと知ってその影響も受けてるって」

「良く知ってるね」

「一度行った事あるんだ。誕生日の時、両親が連れてってくれた。そしたら、そこのシェフが最後に出てきて、ケーキプレゼントしてくれて、その時、そんな話を直接聞いたんだ」

「そこ、そんなに美味しいの?」

「うん、すごい高級で味もサービスも最高だし、料理の見栄えも芸術的だった」

「なんていうレストラン?」

「ペインティッド・レイディ」

「それ、レストランの名前?」

「そう。だけど、値段もそれなりに高いから、気軽に行けるようなレストランじゃないんだ。レストランの見かけは普通の一軒家みたいんなんだけど」

 名前も印象的で、なんだか興味が出てきた。

 そうしているうちにそろそろ目的地が近づいて来た。

 何もない、ただ広い荒野とでもいうのか、無駄にある土地に挟まれた道路が暫く続いていたが、そのうち一機の旅客飛行機が見え、その側にそれ以上に大きい建物が並んでいるのが見えてきた。

 近づいても、ただ広い場所と大きな建物のせいで、飛行機がおもちゃのように見えてしまう。

 そこが、スプルース・グースのある『エヴァーグリーン航空宇宙博物館』だった。