ダウンタウンにはフードカートが沢山あり、様々な料理を屋台のように提供している。

 それらが集まって村みたい──フードカート・ポッドと呼ばれてる──になってたり、数だけでも600軒以上あるらしい。

 パンやドーナツしか食べてなかった俺たちは、遅い昼食、または早い夕食として、そこで食べる事にした。

 どれも美味しそうで、迷ってしまうがジェナと違うものを買って分け合った。

 それからはまた路面電車に乗ってホテルへと向う。

 吊り革を持って揺られながらジェナが気遣ってくれた。

「疲れたね。大丈夫?」

「大丈夫。とても充実した一日だった」

「明日はどうする?」

「ジェナはいつまで旅行するつもり?」

「私はたくさん時間がある。ジャックは?」

「俺は、あと数日かな。戻って荷造りしなくちゃいけないし、車も売らないと」

「じゃあ、その間、私とまだ一緒にいてくれる?」

「うん」

「よかった」

「明日もジェナに任せる。変なところ連れてって」

「変なところか」

 ジェナは笑っていた。

 自分であと数日一緒にいられると言ったものの、もう少し延長してもいい。

 それよりも、いずれジェナと別れなければならない事が寂しい。

 電車は楽しかった街並みを後に、街のはずれへと向かっていく。

 この変な街とさようならだと思うと、一層寂しさを感じてしまった。

 電車の中は適度に混み合い、座れずに立っていたが周りを見渡せば、ほとんどの人が片手にスマホを持って、いじって下を向いていた。

 その光景は日本も同じだ。

 手元しか見ていない事がなんだか勿体ないように思えた。

 でも自分もジェナが傍にいなければ、きっとそうしていた。

 いずれ自分もつまんないと思う事を当たり前にするようになるのだろう。

 日本に戻った時、自分は彼らとは違うと思ってスマッグになり、そして彼らと同じことをしていながら偉そうになるのだけは嫌だった。

「ジャック、何考えてるの?」

「ん? 別に何も。ねぇ、なんか面白い話してよ」

「面白い話?」

「電車で見かけた変な人とか他にいないの?」

「あっ、いるいる。ほら、ここの吊り革が連なってるバーで、いきなり運動し出した人がいた」

「運動?」

 ジェナはジェスチャで懸垂の真似を披露してくれた。

「腕は筋肉が盛り上がってたんだけど、体は小柄だった。最後に、わざとらしく額の汗を拭いて、『ふぅ』って息ついてるの」

「筋肉を見せびらかしたかったんだろうね」

「あんなこと電車の中でしたら恥ずかしいだけなのにね」

 俺たちはそのバーを見上げた。

 その他にも、電車にコヨーテが乗り込んで座席で寝てたことを話してくれた。

 コヨーテって、発音はカヨティって聞こえる。

 狼みたいな野生の動物だけど、森から出てきて住宅街でもうろちょろするらしい。

 見かけは足の長い犬みたいで、人間を見たら恐れて逃げるらしいが、たまに猫を捕食したりしていくそうだ。

 自然の生き物だから仕方がない。

 それがゆったりと座席に丸くなって寝ていたらしいから、見た人みんな驚いていたそうだ。 

 そんな話をしてるうちに、目的地の駅についた。

 結構な数の人が降り、俺たちもその流れに沿って階段を上っていく。

 ほとんどが駐車場やバス停へと向かう中、周りに人がいなくなると、またジェナは話し出した。

「変でも面白い事なら、それでいいんだけど、中には本当に頭が変な人がいて、悲しい話もあるんだ」

「悲しい話?」

「ヒジャブってわかる?」

「イスラム教の女性が頭に覆っている布?」

「そう。あれを被った女性が、変な人に絡まれて、アメリカから出て行け、とか罵声を浴びせられてたの。それを二人の男の人が助けようとするんだけど、罵っていた人はまともじゃない狂った人だったから、ナイフで二人を刺してしまった」

「えっ、その二人はどうなったの?」

「二人とも亡くなった」

「電車の中で殺人事件!?」

「うん。それはもうショックな出来事だった」

 俺は言葉を失くして黙り込んでしまった。さっきまで面白い電車だと思っていたのに、そんな出来事もあったなんて、恐ろし過ぎる。

「ポートランドの人たちは正義感溢れるとてもリベラルな人が多いの。偏見や差別に勇気を出して立ち向かう。亡くなってしまったのは本当に悲しくて悔やまれるけど」

 本当にお気の毒としかいえない。

 楽しい話ばかりではないと、ジェナは闇の部分も隠さずに話してくれたけど、これは重い。

 いい面も悪い面もどちらも極端になるのがアメリカだと思う。

 どちらか片方だけ知って、判断してはいけないものを感じた。

 アメリカで生きていくのって、日本で生きるよりも大変なんじゃないだろうか。

 日本が狭くて住みにくいなんて言ってしまった俺だけど、日本の治安の良さはアメリカよりもずっといい。

「アメリカは今、不穏になって、みんな不安になってきてる気がする。誰のせいとは言わないけど、何かのバランスが崩れていくような感じがする」

 これって、あの大統領のせいかな。

「あっ、ごめん。なんか暗くなっちゃったね」

「ううん、アメリカって俺にとったら偉大で、憧れてしまうけど、それは上辺しか見てなかったんだって思ったよ。そして自分の祖国の事を考えるきっかけにもなった」

「外の世界を知って、自国を知るって感じ?」

「うん、まさしくそう」

 お互い何かを感じながら少し黙り込んでしまった。

 俺は頭上に広がった、まだ明るい空を仰いだ。

 ギラギラと差し込む西日が眩しかった。