撃たれたのはシスターで腹部と、肩に被弾。撃った犯人は警備服を着たゾンビだった。引き金を引いても弾が入っていないようで、カチカチという音が美術館によく響いた。今の音を聞いて、さらにゾンビたちが集まってくる。
この結あっけない幕切れに一番驚いたのは悪魔だ。
「え、な……は? なに被弾しているんですか!?」
赤い絨毯に倒れるシスターに悪魔は憤慨した。
「そのぐらいの銃弾躱せるでしょう」
「アンタは、私を何だとっ……痛っ」
シスターの体から赤い血が絨毯に広がっていく。いつもなら被弾したとしても、すぐになんとかしようと動き出すのだが、今の彼女はこのまま果てるつもりなのか、動こうとしない。ぞろぞろとゾンビが迫る。
「ちょ、人間は血を流し過ぎたら死ぬんですよ!? あとゾンビが来てますって!」
「知ってるわよ……でも、力が入らないの……」
彼女は自分の死期を悟ったかのような口調で、妙に潔かった。
それが悪魔にとっては腹立たしい。こんな幕引きなど想定外だ。
それも下の下の終わり方など、許しがたい。
「……あと、目的が果たせて気が抜けたのもあるわね」
「何勝手に満足しているんですか。僕には全然話が見えないんですよ? 勝手に勝ち逃げなんてずるいじゃないですか」
悪魔は浮遊を止めて床に足を着けると、シスターを抱き起こす。せめて止血をしようとシスターの服をはぎ取る。英国紳士らしいゆったりとした言動はどこへやら、彼はテキパキと腹部と肩の傷の応急処置を行う。
その顔はいつになく真剣だったので、シスターは思わず口元を緩めた。
「悪魔が人を助けていいの?」
「賭けの対象が勝手に舞台から降りるのが腹立たしいだけです。──で、喋る余裕があるなら、あの絵をどうして目的地にしたのか話してください」
何処までもズレた所で怒る悪魔に、シスターはサファイアの瞳を揺らした。
「ふふっ。アンタって時々子供っぽいところあるわよね」
「Hurry」と悪魔はシスターをせかす。
「あが………ひゅ……」と荒い息づかいのゾンビがもう目と鼻の先まで迫っていた。彼らの動きは鈍い。けれど人数は十人以上もいる。
どうあがいても切り抜けるのは難しい。
シスターは静かに目を閉じた。
「外野は黙ってください」
緩やかに手を伸ばすゾンビたちを屠ったのは悪魔だった。
轟々と緋色の炎が彼らを灰に還す。
血と肉の焼き焦げる匂いが充満した。
あまりにも刹那の出来事にシスターは驚いたが、口元が自然と緩んだ。
「なんだ、強いんじゃない……」
悪魔は珍しく怒っていた。シスターは初めて見る彼の姿に「珍しい」と思った。いつもふざけて笑う彼とは別人のよう。
冷ややかな深緑色の瞳が烈火の怒りに燃えていた。
「──で、続きです! 死ぬならもう死ぬでもいいですけど、謎を残していくのはダメですからね」
何とも悪魔らしい。どこまでも自分勝手で──でも、どこか憎めない。
シスターは微苦笑した。
「だから、さっき話した通りよ……。たいそうな……理由なんて……」
血の気が引いて、彼女の顔色は土色に近い。
もうあと数分も持たないだろう。
悪魔はその理由に気付いた。シスターの肌は白くきめ細かいが、いくつもの痛々しい傷が見られたのだ。数も多いし、完治していない傷もある。
今まで生きていたことが奇跡だったのだ。
だから全身黒い修道服を身にまとっていたのだと──知る。
悪魔は彼女の魂ばかり見ていて、肉体的な部分を全く見ていなかったのだ。
彼は舞台を観ていたつもりで、気づいたら舞台の役者と同じ視点にいたのだ。
シスターは話をする前にあっけなく逝った。
悪魔との約束を破って。
この結あっけない幕切れに一番驚いたのは悪魔だ。
「え、な……は? なに被弾しているんですか!?」
赤い絨毯に倒れるシスターに悪魔は憤慨した。
「そのぐらいの銃弾躱せるでしょう」
「アンタは、私を何だとっ……痛っ」
シスターの体から赤い血が絨毯に広がっていく。いつもなら被弾したとしても、すぐになんとかしようと動き出すのだが、今の彼女はこのまま果てるつもりなのか、動こうとしない。ぞろぞろとゾンビが迫る。
「ちょ、人間は血を流し過ぎたら死ぬんですよ!? あとゾンビが来てますって!」
「知ってるわよ……でも、力が入らないの……」
彼女は自分の死期を悟ったかのような口調で、妙に潔かった。
それが悪魔にとっては腹立たしい。こんな幕引きなど想定外だ。
それも下の下の終わり方など、許しがたい。
「……あと、目的が果たせて気が抜けたのもあるわね」
「何勝手に満足しているんですか。僕には全然話が見えないんですよ? 勝手に勝ち逃げなんてずるいじゃないですか」
悪魔は浮遊を止めて床に足を着けると、シスターを抱き起こす。せめて止血をしようとシスターの服をはぎ取る。英国紳士らしいゆったりとした言動はどこへやら、彼はテキパキと腹部と肩の傷の応急処置を行う。
その顔はいつになく真剣だったので、シスターは思わず口元を緩めた。
「悪魔が人を助けていいの?」
「賭けの対象が勝手に舞台から降りるのが腹立たしいだけです。──で、喋る余裕があるなら、あの絵をどうして目的地にしたのか話してください」
何処までもズレた所で怒る悪魔に、シスターはサファイアの瞳を揺らした。
「ふふっ。アンタって時々子供っぽいところあるわよね」
「Hurry」と悪魔はシスターをせかす。
「あが………ひゅ……」と荒い息づかいのゾンビがもう目と鼻の先まで迫っていた。彼らの動きは鈍い。けれど人数は十人以上もいる。
どうあがいても切り抜けるのは難しい。
シスターは静かに目を閉じた。
「外野は黙ってください」
緩やかに手を伸ばすゾンビたちを屠ったのは悪魔だった。
轟々と緋色の炎が彼らを灰に還す。
血と肉の焼き焦げる匂いが充満した。
あまりにも刹那の出来事にシスターは驚いたが、口元が自然と緩んだ。
「なんだ、強いんじゃない……」
悪魔は珍しく怒っていた。シスターは初めて見る彼の姿に「珍しい」と思った。いつもふざけて笑う彼とは別人のよう。
冷ややかな深緑色の瞳が烈火の怒りに燃えていた。
「──で、続きです! 死ぬならもう死ぬでもいいですけど、謎を残していくのはダメですからね」
何とも悪魔らしい。どこまでも自分勝手で──でも、どこか憎めない。
シスターは微苦笑した。
「だから、さっき話した通りよ……。たいそうな……理由なんて……」
血の気が引いて、彼女の顔色は土色に近い。
もうあと数分も持たないだろう。
悪魔はその理由に気付いた。シスターの肌は白くきめ細かいが、いくつもの痛々しい傷が見られたのだ。数も多いし、完治していない傷もある。
今まで生きていたことが奇跡だったのだ。
だから全身黒い修道服を身にまとっていたのだと──知る。
悪魔は彼女の魂ばかり見ていて、肉体的な部分を全く見ていなかったのだ。
彼は舞台を観ていたつもりで、気づいたら舞台の役者と同じ視点にいたのだ。
シスターは話をする前にあっけなく逝った。
悪魔との約束を破って。