「昨日、いろいろ晃から聞いた。お前が自己嫌悪するようなことはなにもない」
「自己嫌悪なんかしてないもん」
 ゆっくり近づく彼。
 両側のイチゴの葉っぱが、かすかに揺れた。
 頭ふたつ高い彼があたしを見下ろす。
「自己嫌悪なんか――」
 あたし、どんな顔してる?
 お願い、見ないで。
 雫が勝手に頬を伝っていく。
 目の前の、彼の胸。
 急に近くなって、ふわりとあたしの頬を包み込んだ。
「お前、自分のせいで親父さんが死んだと思ってんだろ」
「思ってないもん」
「晃が言ってたぞ? 一月十五日、お前の誕生日は『イチゴの日』なんだってな。温室の隅にちょこっとだけあるイチゴ、あれ、親父さんがそれを記念して植えたイチゴなんだろ?」
 庭とアパートとの間。
 お母さんとあたしの大切な温室。
 入ってすぐ右側には、お父さんが植えた最初の株から苗をとった、その命を受け継いでいるイチゴがちょこんと植わっている。
 このイチゴだけは、お父さんがやっていたように、ほとんど農薬を使わない。
 ありのままがいいって、日向もこのイチゴのようにありのままで居なさいって、そうお父さんは言ってた。
 ほぼ無農薬だから、ところどころ白けた形の悪いイチゴしか生らないけど。
 あたしの誕生日が『イチゴの日』だったから、お父さんはあのイチゴを植えた。
 そして、あたしが保育園のとき、画用紙いっぱいに描いたあのイチゴの絵を見て、お父さんはイチゴ農園をやろうと決めた。
 養鶏場兼野菜農家は、曾お爺ちゃんのときからの我が家の家業だった。
 それをイチゴ農園に切り替えるって聞いて、親戚はみんな反対した。