「姉ちゃん、知ってるんだろ? あいつ、駅前に支店のビルがある『三条建設』のひとり息子なんだってな。家は『ガオカ』のてっぺん、すげぇ豪邸だ」
「それがどうしたの? お父さんが社長さんっていうのは知ってるけど、あたしには関係ないもん」
「それに、頭もいい。あのわけの分からん方程式ってやつを、ものの数秒で解いちまう天才的頭脳」
「ふうん、そうなんだ。どうでもいいけど。さ、もうすぐできるからお皿とか運んで?」
「まぁ、母性が強い姉ちゃんだが、意外とああいう歳上の彼氏のほうがいいかもな」
「うん?」
 なにか変なことを言ったなと思ったけど、振り返ると、もう晃は食器を抱えて居間のほうへ行ってしまっていた。あたしもサッとエプロンを外して晃を追う。
「すごぉい! セイヤ兄ちゃん、ぼくにピアノおしえてっ!」
「ねぇねぇ、あにめのひいて。セイヤにいたん」
 居間に入ると、陽介と光輝がピアノに向かっている三条くんの両側に張り付いて騒いでいた。
「ねぇ、セイヤ兄ちゃんって、ピアノのせんせいになるの?」
「あにめのひいて」
「いやぁ、俺は先生とかは……、でも、なりたいものはあるぞ?」
「え? なになにっ?」
 え?
 三条くんが笑ってる。
 うわー、彼、あんな顔で笑うんだ。
 陽介と光輝の顔を覗き込んで、すごく優しい、素敵な笑顔。
 ふぅん。
 ん? んんっ?
 いやいやいや、彼はあの三条聖弥なんだから。
 あれは子供向けの営業スマイル! 
 元芸能人の笑顔に騙されてはいけません。
 あたしはすーっと大きく息を吸うと、それから居間へ顔を覗かせて弟ふたりに声を張り上げた。