「あああ、あのっ、あたし、基本的に目立つのは苦手だからっ、そのっ、おーでしょんとかは、ちょっと……。そっ、それに、そもそも物理的に不可能っていうか……」
「物理的に? 農園の手伝いで忙しいってことか?」
「えっと……、うん」
 微妙な沈黙。
 不意に、壁の時計のチッチッという音が耳元のすぐそばで鳴っているような気がした。
 三条くんの唇の端がグニャリと曲がる。
 そんなに理解できないこと?
 家業のお手伝いしている子、あたし以外にもたくさん居ると思うけど。
 あっ、お手伝いっ!
 早く箱屋さんに行かないとっ!
「まぁ、どうしてあたしなのか分かんないけどっ、そういうことだから勘弁してね? カギ、あたしが返しとくから先に帰ってっ」
 バッグを肩に掛けながら、ピアノの上の音楽室のカギに手を伸ばす。
 すると突然、三条くんがそれをパッと横取りした。
 え? なに?
「カギは俺が返す。お前、すぐ帰るのか? ちょっとコーヒーおごらせろよ。お前が小夜の代わりに来ることになった詫びだ」
「え? いやー、あたし用事があるから」
「あ? オーディションの話はもうしないから心配するな」
 うわぁ、また怖い顔。
「そうじゃなくて、本当に用事があるの。このお金を箱屋さんに持って行かないと――」
 ん?
 あれ? 確かにここに……。
 ハッ? ない。
 三条くんに封筒を見せようと手を入れたバッグのサイドポケット。
 今朝、間違いなくここに入れたはずなのに……、手応えがない。
 ひぇぇぇぇ!
 ないっ!
 お金が入った封筒がないっ!
 ドサリとバッグを足元に投げ置いて、しゃがんでもっと深くポケットに手を突っ込む。
「ん? どうした」