それに……、あたしは人と争ってまで歌いたくなかったもん。
「えーっと、あたし、あんまり目立つのは好きじゃないし。歌が歌えるならパートなんてどこでもいいの」
「へぇ」
 ちょっと口を尖らせた三条くん。
 なに? あたし、なんか変なこと言った?
 三条くんは、その尖らせた口のままじっとあたしを見て、それからポツリとつぶやいた。
「もったいねーな」
 え? よく聞こえなかった。
 ガタンと椅子が鳴って、三条くんがゆっくりと立ち上がる。
 うわぁ、またなんか怒ってるの?
 ほんと、どこに不機嫌のスイッチがあるのか分かんない人。
 思わずちょっと肩を強張らせてキヲツケすると、立ち上がった彼はゆっくりとあたしを見下ろして、ちょっと膝を曲げてあたしの顔を覗き見上げた。
「なぁ、六月にユアシスプロモーションが主催するオーディションがあるんだが――」
 ん?
「お前、俺と一緒にそのオーディションに出ないか?」
「おっ、おっ、おーでしょんっ?」
 いやいやいや、謹んでお断りしますっ。
 そんなの三条くんが『ガオカ』の子たちに声を掛ければ、すぐたくさん希望者が現れるでしょうに。
「お前と俺が一緒に歌えば、充分に可能性があると思うんだ」
 うわっ、そんなに顔近づけないでっ。
「そしていずれは、ふたりで作詞作曲した歌を世に出して――」
 ふぅん……、作詞作曲かぁ。
 あー、それで高橋先生にレッスン受けてたのね。
 それにしても、なんであたしなんだろ。
 一歩さがって、ちょっと肩をすぼめて彼を見上げた。