彼のテノールとあたしのアルトがオクターブ越しに重なって、透明に湧き上がるハーモニーの泉になった。
 楽しい。
 歌うって、本当に楽しい。
 彼のピアノが弾く弦の響きが、頬を優しく包んでいる。
 素敵、素敵、素敵。
 本当に素敵なハーモニー。
 ああ、もうすぐ終わってしまう。
 待って。
 まだ終わらないで。
 もう少し、もう少しだけ、このハーモニーの中に溶けていさせて。
 「♪ ――たい~」
 バーンと響いた和音。
 その和音は力強く音楽室の隅々まで染みわたると、それからしっとりと空気に溶けて消えた。
 三条くんは鍵盤に手を置いたまま、まだ下を向いている。
 あたしは最後に深く吸った息を、長くゆっくりと吐いた。
 鍵盤から手を離した三条くんが、椅子の背もたれに寄り掛かりながらあたしを見上げる。
「やっぱり、いい声だ」
 そうかなぁ。えへへ。
 え?
 あたし、褒められたの?
「お前、どう聴いても音域はソプラノだな。このキーじゃ低くてちょっとキツイだろ。どうして合唱部ではアルト専門だったんだ?」
「え? あー……」
 別に、アルトを専門にしてたわけじゃない。
 そりゃ、ソプラノは主旋律が多いから、『ガオカ』の子がみんなやりたがるし。
 パートの最大人数は決まってるから、結果的にあたしはいつも別のパートになってたってだけで……。
 あたしはね? パートはどこでもよかったの。
 あたしは、ハーモニーの中に入れてもらえるなら、パートなんてどこでも構わない。もちろん、音域が違えばキレイな声では歌えなくなってしまうけど……、別に構わなかった。
 中学生の部活動なんだから、みんなが楽しく歌えることが一番。