本当は、昨日の夜、お金をお母さんから預かったとき、「学校には持って行かないで、一度家に取りに帰ってきてから行ってね」と言いつけられた。
 でも、箱屋さんは高校のすぐ近くだし、お金を取りに帰って時間をとられると夕ご飯の支度やお洗濯も遅くなって、箱詰めのお手伝いをたくさんできなくなっちゃうかもしれないし。
 だから、こっそり持って来ちゃったの。
 音楽室の掃除で少し遅くなるかもだけど、お家に一度帰らなくていいから、セーフ。
 音楽室は、渡り廊下の向こうにあって、上から見るとカタツムリのツノみたいに校舎から突き出ている。美術室も同じ。
 さぁ、さっさと掃除を済ませてしまおう。
 そう気持ちを切り替えて渡り廊下をとっとこ走っていくと、ちょうど半分くらいのところでピアノの音が聞こえた。
 誰かが音楽室でピアノを弾いている。
 手前にある音楽準備室は戸が開いていて、中には誰も居ない。椅子が引かれた高橋先生の机が、ちょっと寂しそう。
 髙橋先生が弾いているのかな。
 そのまま準備室の中を通って、それから音楽室へ入る扉をそっと開けた。
 うわ、なんで居るの?
 そこには、想像もしていなかった……、彼の姿。
 グランドピアノに向かっている、三条聖弥くん。
 その隣には、三条くんの手元を覗き込みながら、なにか教えている様子の高橋先生。
 え? 
 三条くん、ピアノ弾けるんだ。すごい。
 でも、なんかちょっと難しい話。
 コードがどうとか……、和音の話かな。
「そうだね。この進行でちょっとだけジャズ風のテイストを足すなら、ここにオーギュメンテッドを挟むといいよ」
「なるほど……、ん?」
 あ、やば。
 ゴチッ!