「あれか? お前のサンダル」
「う、うん」
 うわぁ、子どもが脱ぎ散らかしたみたい。
 もう、恥ずかしすぎて死にそう。
 あたしが不法侵入したお風呂場の窓の前まで、ゆっくりと進んだ三条くん。
「落ちるなよ」
 そう言って、ひょいとあたしをしょい直すと、彼が「よっ」と言って体を折った。
 サンダルを拾ってくれるみたい。
 すっと体が起きて、彼の背中に掛かっていたあたしの重さが、再びゆっくりとその腕に移る。
 もう……、恥ずかしいよぅ。
 そのとき。
 チラリと目に入った、お風呂場の摺りガラス。
 それまでおぶられているあたしには見えなかった三条くんの横顔が、一瞬だけその窓に映った。
 え? 笑ってる?
 ほんの一瞬だけど、なんだか彼が笑っているように見えた。
 いやいやいや、彼が笑うはずがない。
 そうとう怒ってるはずだもん。
 ああ……、もうこれは絶対、お母さんにぜんぶ話さないと。
 あちこち穴が開いた、朽ちかけの鉄の外階段。
 あたしをおんぶした彼がゆっくりと下りるたびに、朝の静かな空気に、カン……、カン……と、その音が小さく響いた。階段の周りでは、春らしく澄んだ朝焼けが、アパートを囲む雑木林の木々をキラキラと揺らしている。
 砂利道を下って表の通りに出たところで、あたしはちょっと分かりにくい我が家の入口を指さした。
「あの……、卵の自動販売機があるところが入口。家は林の奥に引っ込んでるの」
「知ってる」
「え?」
 そうか。アパートから見下ろすと、雑木林の中に家があるのが分かるもんね。
 隣がイチゴ農園ってことも……。
 なんかちょっと恥ずかしい。