「そんなのどうでもいいだろ。とにかく病院へ行け。とりあえず家まで連れて行ってやる。隣のイチゴ農園だろ?」
 そう言って、あたしの前に背中を向けてしゃがんだ彼。
 どうして、あたしの家が隣の農園って知ってるの?
 それよりも、なに? これって、おんぶして運んでくれるってことっ?
 ちょっと待って。
 そんなことしてもらったら、あたしっ、もう二度と立ち直れなくなってしまう。
「い、いや、大丈夫っ。ひとりで戻れるからっ! ほんと、ごめんなさいっ!」
「うるさいっ。大人しく乗れっ」
 あ、怒った。
 怖いよぉ。
 もうっ、仕方ないっ!
「おっ、おっ、お願いしますっ!」
 ちょっと裏返った声。
「それでいい」
「……うん」
 ゆっくりと彼の背中に体を預ける。
 心臓の音が聞こえてしまいそう。
 彼があたしを背中に乗せてよいしょっと立ち上がったとき、台所の流しでじっと目を閉じて瞑想しているベートーベンが目に入った。
「あ、でも、ベートーベンが」
「ニワトリはあとでいい。俺が連れてくる」
「でもでも……」
「大丈夫だ」
 そう言って、彼はドア前の土間まで行って、あたしを落とさないように体を前に倒したままトントンとローファーを履いた。
「靴は?」
「え? えっと、サンダル履いてた。お風呂場の窓の外かも」
「そうか」
 そう言いながら、彼が扉を押し開けると、もう外はすっかり朝。
 少しでも彼の腕に掛かる体重を軽くしようと、ちょっと恥ずかしいけどしっかりと彼の首に腕を回して、ギュッと頬を寄せてしがみつく。
 そのとき、彼の肩越し、お風呂場の窓の下に、バラバラのほうを向いて転がっているサンダルが見えた。