よく見ると、右足のスネあたりのスウェットが赤黒く汚れている。
 あっ、三条くんのベッドのシーツまで汚れてるっ!
「ごごご、ごめんなさいっ。シーツ、弁償するっ」
「シーツ? ああ、こんなのどうでもいい。こりゃ、さっきテーブルにぶつかったときだな。大丈夫か?」
「だ、大丈夫っ! すぐにベートーベンを連れて帰るからっ!」
 そっとあたしをよけながらベッドを降りて、ゆっくりとこちらへ向き直った三条くん。
 なにかびっくりしたような顔。
「えっと……、なに? ベートーベンがどうした」
「え? あああ、その、ベートーベンは、あの……、雄鶏の……、名前」
「は?」
 三条くんが、スーッと台所のベートーベンに目をやって、それからまたすぐあたしに視線を戻した。
「ニワトリに、ベートーベン?」
「え? あ、その、この子、ヒヨコのときに小屋を修理してくれた大工さんにすっごく懐いて、ずっと後ろをついて回ってたんで……」
「大工さんって、もしかして、交響曲第九番の『第九』と掛けてるのか?」
「えっと、……うん」
 一瞬の沈黙。
 それから、三条くんはこれでもかという呆れた顔になって、深い深いため息をついた。
「はぁ……、まぁ、そんなことはどうでもいい。お前、その足じゃ、歩いて帰れないだろ」
「え? あ、大丈夫っ! すぐにベートーベンを――」
 元気よく立ち上がる。
 いいい、痛ぁぁぁいっ!
 突然、右足に激痛が走った。
 やっぱり力が入らない。
「お前は子どもか。ヒビが入っているかもしれないな。すぐに冷やして、病院へ行ったほうがいい。今日は学校休め」
「え? いや、今日は初めての音楽の授業があるから」