いや、なにが敵かは分からないけど。
 物干しの向こうの石垣は、あたしの背よりちょっと高い石垣。
 その上に建っているのは、我が家唯一のお隣さんである古い二階建てのアパート。
 このアパートがある東側だけは、雑木林も電線も無くて、とっても空が広い。
「うわ、物干しと温室の間に蜘蛛の巣が。昨日はなかったのに。たったひと晩でこんなに偉いね」
 物干しの前のベンチにカゴを置いて、乾いた洗濯物を取り込み始めると、今日もそのアパートの二階から聞き慣れた声が響いた。
「お? 日向ちゃん、今日もお手伝い、偉いねぇ」
「あ、山《やま》家《いえ》さん、こんばんはー。いやー、それがあんまり偉くもなくてー」
 いやー、あたしなんかより、ひと晩であの立派な夢のマイホームを完成させた蜘蛛さんのほうがずっと偉い。
 この人は、お隣アパートの二階の部屋に住んでいる、自称デザイナーの山家さん。
 二階にふたつ並んだ左側の窓の縁に腰掛けて、たまにぼーっと夜空を眺めている。
 歳は……、そういえば山家さんがいくつか知らないな。
 たぶん、あたしより一〇コくらい上じゃないかな。
 ずいぶん前からこのアパートに住んでて、たまにこんな感じで話すんだけど、実はけっこう正体不明なの。
 黒縁のメガネ、チェック柄のシャツ、そして、トレードマークは茶色のベスト。
 なんのデザイナーをしているのか知らないけど、そのセンスは大丈夫なのかちょっと心配。
「ありゃ、どうした? 日向ちゃんらしくない」
「ううん。高校、入学したばかりだっていうのに、もういろいろやらかしちゃって」
「やらかした?」
「とある男子の顔にバッグを投げつけ、さらにビンタを……」