「ほんと、包丁が上手になったわね」
「そう? お母さんにそう言われると、嬉しいな」
 結局あのあと、三条くんは声を掛けて来た女の子たちとどこかへ行ってしまった。
 置いてきぼりになった小夜ちゃんは、それはそれはもう超不機嫌。
 そして、その不機嫌エネルギーはあたしのほうへ向かってきて。
『なんで聖弥くんがジャム子のこと知ってたのよっ! 白状しなさいっ!』
 その気迫に負けてついにあたしは、昨日の放課後、三条くんの顔にバッグを投げつけたことを話してしまった。ビンタしたことはナイショ。
 そしたらもう、手がつけられないくらい怒りまくっちゃって。
『なんですってぇ? 彼の顔はそこのジャガイモなんかとは比べ物にならないくらい大事なのよっ?  ジャム子のせいで彼がカムバックできなかったらどう責任をとってくれるのよぉぉ!』
 翔太が小さく『俺と比べるな』って言ってたのがおかしかったけど、笑うに笑えず、それからアニメ声でバババババーッと彼の事を解説する小夜ちゃんの話に延々と付き合った。
 彼のことなんか、まったく興味ないのに。
 なにやら、彼は歌がとても上手で、小学生のとき『UTA☆キッズ』っていうテレビ番組にレギュラー出演していたらしい。
 CDも出してて、けっこう有名だったんだって。
 あたしはぜんぜん知らないけど。
 でも、中学生になってしばらくして、なぜか突然ぜんぶの芸能活動を辞めて、いまは普通の人。
 お家は小夜ちゃんちのすぐ近くで、『ガオカ』の頂上付近らしいけど、小学校も中学校も遠い私立に通ってたから、地元の学校のあたしたちとはぜんぜん顔を合わせる機会がなかったみたい。