「……とまぁ、そんな感じでバタバタで。お母さん、三条聖弥くんって知ってる? なんか、歌が上手な子供で、テレビに出てたんだって。あたしと同じ歳」
「三条聖弥? うーん、顔見たら分かるかも……」
 お母さんの言葉が少ない。
 キッチンであたしと並んでいるお母さんは、先に鍋に入れた火の通りにくい野菜を炒めながら、なんとなく力のない笑顔を返した。
 たぶん、かなり辛いんだと思う。
 お父さんが居ない、イチゴの最盛期。
 朝早く起きて、箱詰めしたイチゴを市場へいっぱい運んで、日中はパン屋さんやケーキ屋さんへの納品……、そしてまた、気の遠くなるような収穫作業と、夜遅くまでの箱詰め。
 翔太のお父さんがいろいろと手伝ってくれているけど、けっこう人気のある街の電気屋さんだから、お爺ちゃんお婆ちゃんのエアコンの点検なんかで忙しくて、いつもいつもお手伝いしてくれるわけじゃない。
「なに? 日向。お母さんの顔になにかついてる?」 
「う、ううん。なんでもない」
 あ、お母さんの顔見ながら固まってた。
 今日の夕ご飯は、宝満農園特製肉じゃが。
 我が家の食卓にのぼる野菜は、ほとんどが我が家の畑で採れたもの。
 もちろん、この大きなジャガイモもそう。
 なので、メニューはぜんぶ、『宝満農園特製』ってネーミングになるの。
 実はあたし、ピーラーがちょっと苦手。
 なんだか、実の部分までたくさん削っちゃう感じがして、なんかもったいなくて。
 だから、ジャガイモの皮むきはいつも包丁でやっちゃう。 
 あたしが、皮をむき終わったつやつやのジャガイモをボウルの水に沈めると、それを順番にお母さんが拾い上げていく。