そう言いながらそっとあたしの左手を取って、その薬指に指輪を滑り込ませる聖弥くん。
 思わず上を向いて、トンとかかとを鳴らした。
「なっ、なにそれ、そっちこそどっか行ったら許さないんだから」
 ワーッと起こる拍手。
 もう、恥ずかしいっ!
 ううう……と唸って固まっていると、聖弥くんがジャンプして、またステージの上のあたしの横に並んだ。
 そして、指輪が光るあたしの手に握られた、ビニール袋の鉢を覗く。
「お父さんのイチゴ、よかったな」
「うん」
 お父さんが、あたしのために植えてくれたイチゴ。
 お母さんのことが大好きなお父さんが、お母さんに残した命のイチゴ。
 そして、あたしと聖弥くんを引き合わせてくれた、あたしの歌をずっと聴いてくれていたイチゴ。
 見上げると、窓から覗くお母さんが、目じりにそっと指をあてながら、うんうんと頷いていた。
「さぁ、ひなっ、聖弥くん、歌うのよっ! オジサマっ、伴奏をっ」
「よしっ!」
「お母さまっ、お聴きになってっ! ふたりのっ、『翼をください』をっ!」
 しなやかなピアノ。
 聖弥くんの手が、ギュッとあたしの手を包む。
 そしてその指が、トントンと小さくリズムを刻んだ。
 温かい、彼の手。
 あたしが、ちゃんとあたしで居られるように、ぜんぶあたしのせいだって言わせないように、いつもふんわり包み込んでくれる、優しい手。
 あたし、もう、自分のことが嫌いだなんて言わない。
 あたしなんて生まれてこなければよかったなんて、絶対に言わない。
 お母さん、あたしを産んでくれてありがとう。
 素敵な夢をくれてありがとう。