ずぶ濡れのロングコートを脱ぐ聖弥くんのお母さんの後ろ、玄関戸の向こうから山家さんがそっとこちらを覗いた。
 ものすごく、申し訳なさそうな顔をしている。
 ふんと鼻を鳴らしたお母さんが、濡れて重たくなったコートをあがりかまちの端にドサリと放り投げた。 
「聖弥? あなた、どういうつもり? 帰って来ないから山家くんの部屋に逃げてるのかと思って来たんだけど……、だいたいなに? その汚い格好は」
「なにしに来たんだ」
 汚い格好?
 お父さんのパジャマなんだけど……、汚い格好? 
「聖弥っ? 一緒に帰るのよっ? こんなところ、あなたの居る場所じゃありませんっ」
「あああ、あのっ、お母さんっ、聖弥くん、雨のせいでちょっと熱があって、それで、あたしが勝手にお布団を敷いて休んでもらってただけでっ、そのっ、聖弥くんはなにも悪くな――」
「ちょっと黙っててくれないかしら」
「ひっ」
 聖弥くんを見上げながら、ゆっくりと土間の真ん中へと歩いてくるお母さん。
 土間の手前の敷居で立ち止まって、じっとお母さんを見下ろす聖弥くん。
 あたし、どうしたらいいの?
「聖弥、あなたは一時的な気持ちに惑わされてるの。あなたに農業なんてできるわけないじゃない。それに、あなたにはまったく似合わないわ」
「違うな。母さんが考えているのは、己の虚栄心を満たすことだけだ。周囲の羨望を集められる仕事に俺を就け、そしてそれをしたり顔で他人に話すことを夢見ているだけだ」
「なにを言っているのかしら。私は聖弥のことを一番に考えているの。こんな第一次産業の仕事は、それが似合っている人間がやればいいの。ほら、そこのお嬢さんみたいな」