「もう。お母さんのことそんなふうに言わないの。お母さんの気持ちも考えてあげて? お母さんはきっと不安になったんだと思うよ? 聖弥くんが、気の迷いで農園の手伝いしたいなんて言い出したから」
 ハッとした三条くん。
 ちょっと目を泳がせて、掛布団をふわっと引き寄せた。
「聞いたのか」
「うん。山家さんから。あたしのお母さんからも。いったいどういうつもり?」
「それは……」
 三条くんが、掛布団をすーっと顔まで引き上げる。
 あたしはパッとその掛布団を押さえて、ググッと彼の顔に瞳を近づけた。
 目を逸らす彼。
 もっともっと瞳を近づける。
「あたし、OKしてないもん」
「ふん」
 バサッと布団が跳ね上がって、彼が寝返りを打って背中を向けた。
 ほんと、デリカシーないんだから。
「熱が下がったら、ちゃんとお家に帰るのよ? このままこじらせて声が枯れて、オーディションのとき困るのは――」
 そう言ってあたしが立ち上がろうと膝立ちになると、彼がギュッと掛布団を引き寄せてポツリとつぶやいた。
「声なんて枯れていい」
「え? 『どうしても受けないといけない』って言ってたじゃない。とっても大事なオーディションじゃ ないの?」
 一瞬の無言。
 小さなため息が聞こえて、それから掛布団がもっと向こうへ引き寄せられる。
「うるさい。母さんが持ってきた話だ。どうでもいい」
 お母さんが持ってきた話?
 そうか……。
 きっとお母さんは、聖弥くんが農園の手伝いしたいなんて言って、もう名門大学を目指すつもりもないんだって分かったから、また芸能界復帰のほうへ引き戻そうって思ったんだ。
 はぁ……、お母さんがかわいそうだよ。