「気にしないでね。でも、あたし、ちょっとだけ気持ちの整理が必要かも……。山家さん、教えてくれてありがと。もう、帰るね。風がもっと強くなる前にハウスの補強しないと」
 山家さんが傘を貸してくれるって言ったけど、大丈夫って言って階段を駆け下りた。
 空っぽになった三条くんの部屋を見て、初めて、彼が居なくて寂しいと思った。
 ううん、初めてじゃないね。
 いままで、何度も何度もそう思った。
 声が聞きたい、隣に居て安心したい、そう思った。
 でも、それは望んではいけないことだって、そう自分に言い聞かせてた。
 あたしには、人を好きになる資格なんてない。
 三条くんに、好きになってもらう資格なんてない。
 お父さんとお母さんの幸せを壊して、弟たちの未来を壊して、三条くんのお母さんの夢まで壊してしまうところだった。
 でも、彼がちゃんと納得して、お母さんのために頑張るって思い直してくれたのなら、それが一番いい。
 彼は、たくさんの人に囲まれて、そのまなざしを集めて、自分を自分らしく表現するのが似合っている。
 彼の人生は、とっても素敵な主旋律。
 その主旋律は、『ソプラノ』のように華やかで輝かしい。
 あたしは、その『ソプラノ』を、少し離れた場所で支える『アルト』がいい。
 三条くんの隣に、あたしは似合わない。
 彼に、イチゴ農園の仕事なんて、まったく似合わない。
 これでいい。
 これでいいの。
 だからね? 三条くん。
 あなたはあたしのことなんてほっといて、素敵な主旋律の人生をまっすぐ歩いて行って。
 あたしは……、あたしは大丈夫だから。

「うわ、姉ちゃん、どうしたんだよ。ずぶ濡れじゃねぇか」