「……なた? おい、日向?」
「あ? え? なに? ごめん、考えごとしてた」
「ふん。三条のことになるといつもそんなだな。小夜がどうしてもお前の卵焼き、ちゃんと作り方を教えて欲しいってさ。今度、時間をつくってやってくれよ」
「え? う、うん」
 うわ、翔太ったら、『小夜』だって。
 もう、そのまま付き合っちゃいなさいよ。
 まぁ、そうとう大変だと思うけど。
「あ、そういえば日向、天気予報見たか? 今夜から大雨みたいだぞ? 風も強いらしい。週末までずっと台風並みの集中豪雨が断続的に来るってよ」
「え? そうなんだ。早く帰ってハウスの補強しとかないと」

【学校休んでたんだね。具合悪いの? ご飯、ちゃんと食べてる?】
 校門を出てすぐ送ったメッセージには、結局、我が家に帰り着いても返信はなかった。それどころか、既読にもならない。
 どうしたんだろう。
 まさか、倒れてるんじゃ……。
 なんだか胸騒ぎがする。
 風が強い。
 玄関戸がガタガタと鳴っている。
「ただいまっ、行ってきます」 
 あたしは、家に入ってすぐ土間から居間へ向かってバッグを放り投げると、それからまた外へと引き返した。
 左を見る。
 雑木林がザワザワと葉を鳴らして揺れている。
 庭の向こう、温室の先、石垣の上。
 三条くんのアパートは、いつもと同じ。
 真っ黒な雲が、アパートの横の揺れる雑木林の上を、まるで煙のように流れている。
 思わず駆け出した。
 雑木林のトンネルをくぐる。
 卵の自販機越しに、『星降が丘』から下ってくるメインストリートが見えた。
 信号待ちしている、たくさんの車。
 三条くんが、あたしをおぶって運んでくれた道。