「……トリ」
「なんですって?」
 なに?
 なにかを飼おうとしたの?
 突然、ガバッとお母さんのほうへ顔を向けた小夜ちゃん。
 うわ、すごい顔。
「ううう、うるさいわねっ! ニワトリよっ! ニワトリっ!」
 え? ニワトリ?
 下唇を噛んで、「ううー」っと言いながら顔を真っ赤にしている小夜ちゃん。
「日向さん、聞いて? 小夜ったら、突然、『ニワトリを飼う』って言い出して、何度もダメだって言ったのに、勝手に芝を掘り起こして鶏小屋を建て始めちゃってね。大工仕事なんてできもしないくせに」
 あたしがポカンと口を開けていると、小夜ちゃんがさらに身を乗り出してお母さんに喰って掛かる。
「小屋を建てるくらい楽勝よっ! ちゃんと動画で観たんだからっ!」
 おでこに手をやって、さらに深い深いため息をついたお母さん。
「まったく意味が分からないわ」
「ふんっ! ひなのニワトリよりもっと美味しい卵を産ませて、もっともっと美味しい卵焼きを作るのよっ! そして、聖弥くんに食べてもらうのっ!」
 うわ、そういうこと。
 これも、あたしのせいだ。
 うちのニワトリが産んだ卵の卵焼きだなんて、言わなければよかった。
 鼻の穴を大きくして、プイッとあっちを向いた小夜ちゃん。
 ソファーの背もたれに体を沈み込ませながら、呆れ顔で口を尖らせるお母さん。
「あのね? 小夜。こんな住宅街でニワトリなんて飼ったら、ご近所さんからどんな苦情が来るか分からないって言ったでしょ? 臭いだって出るし、朝の鳴き声だってものすごいのよ?」
「わ、分かってるわよっ! それでもアタシの卵焼きには必要だって思ったのっ!」