「三条くん、どうしたの? 急に温室なんて」
「俺、お母さんの夢、ちゃんと聞かせてもらった」
「え?」
 照明で浮かび上がった真ん中の通路の両側は、いろんな花や野菜たちが肩を並べて楽しそうにしている。
 奥のほうは、直に土に植えている背の高い野菜たち。
 手前のほうは、トマトやチューリップの水耕栽培。
 その水耕栽培の箱の右側、沈んでいくお日さまが今日の最後の光を残してくれているその場所へ、三条くんがあたしを追い越してゆっくりと近寄った。
「日向、これがお父さんのイチゴだろ?」
「うん」
 あまり人には見せない、みかけの悪いイチゴたち。
 三条くんが、そのところどころ白くなっている、いびつな形のイチゴのひとつを手のひらですくい上げた。
 小夜ちゃんは、あたしの横で固まっている。
「日向、これ、食べていいか?」
「え? うん」
 この数週間、もうなん百個とイチゴを摘んできた、三条くんの手。
 その手が、とってもしなやかにイチゴを包んでひっくり返すと、へたに繋がった茎を優しく下へ引っ張った。
 ふわりと彼の手のひらに落ちた、お父さんのイチゴ。
 慌てて小夜ちゃんが三条くんに駆け寄る。
「ちょっとっ、そのイチゴは病気よっ? お腹壊しちゃうのっ!」
 壊しません。
 逆に、なにも薬品を使ってないんだから、体にはいいのです。
 パッと伸ばした小夜ちゃんの手をよけて、三条くんはお父さんのイチゴを口に放り込んだ。
 お父さんのイチゴは、ちょっと酸っぱい。
 しゃくりと舌の上に果肉が広がると、少し遅れてみずみずしい香りが湧き上がってくる。